新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

お喋りな娘たち

 ベイジル=コッパーに"The Gossips"という短編がある。1973年にアーカムハウスから刊行されたFrom Evil's Pillowを初出とする作品だ。
 無名の語り手が25年前のイタリア旅行のことを回想しているところから物語は始まる。グリッソンという英国人と知り合った語り手は、彼に誘われてシチリアの片田舎に行くことになった。その地方の領主である公爵が二人を歓待してくれる。グリッソンはナポリで博物館の館長をしており、公爵の領地にある彫像に関心を抱いていた。
 語り手とグリッソンは連れ立って公爵の庭園へ像を見に行った。像のある区画だけ高い塀で囲まれている。塀の中にあったのは高さ15フィートほどの像が3体、いずれも薄物をまとった若い娘をかたどったものだった。語り手が像を眺めているうちに、ぺちゃくちゃという話し声が聞こえてくる。彼は前後不覚になって崖から転落しかけ、すんでのところでグリッソンに助けられた。二人が立ち去るとき、グリッソンのポケットから何かが落ちる。語り手が拾い上げると、それは耳栓だった。
 何年も経ち、語り手はグリッソンに再会した。あの像がもたらす奇怪な効果のことは事前に知っていたのだという語り手に詫びるグリッソン。二人はフィレンツェの街で酒を酌み交わすが、アーサー=ジョーダンなる人物もそこに同席しており、シチリアの少女像にまつわる自らの体験を語りはじめた。
 ジョーダンは博物館の学芸員で、ロンドンで催される大展覧会の準備をするために欧州各地を回っていた。例の少女像に眼をつけたジョーダンは、それをロンドンで展示することを思い立ち、公爵の同意を取りつける。像を運ぶために業者が呼ばれたが、作業の最中に像はいきなり倒れてしまい、たまたま現場に居合わせた少年が巻きこまれて命を落とした。像自体も損壊が激しく、やむなくジョーダンは手ぶらで引き上げる。
 砕けたはずの像がロンドンに到着する。ジョーダンは不思議がるが、公爵が修繕してくれたのだろうと思って展示することにした。ジョーダンは公爵に手紙を書くが、旅行中ということで連絡は取れなかった。
 像が元々あった庭園の光景を再現したところ、その雰囲気はすばらしいものだったが、模造された崖から警備員が落ちて死ぬという事件が発生する。観客の一人も同様に墜死し、とうとう像は撤去されることになった。ジョーダンは像をシチリアに送り返そうとするが、貨物船が嵐に遭って難破し、積んであった像も一緒に沈んでしまった。
 像は海の藻屑と化したものと思われていたが、無事に届いたと礼を述べる手紙が公爵からジョーダンのもとに届いた。グリッソンとジョーダンは情報を交換する。200年前、公爵家の当主だったレオナルドは破廉恥な所業に耽った悪名高い人物だった。レオナルドには情婦として3人の少女がおり、天才彫刻家カラヴァッロが彼女たちをモデルにして彫刻を制作したという。
 レオナルドの放埒な暮らしはいつまでも続きはしなかった。彼は不行跡を咎められて謹慎を余儀なくされ、3人の娘も姿を消してしまう。カラヴァッロは像を完成させてレオナルドのもとを辞去し、20世紀に至るまで彼の作品のみが残ることになったのだった。しかし、なぜ怪事が起こったのか? 公爵の手紙に書いてあった秘密をジョーダンは打ち明ける。像が砕けたとき、その中に隠されていたものが露になったのだった――3人の娘の骨が。
 壊れたはずなのに甦り、行く先々で祟りを起こす芸術作品の物語。まさしく怪談話と呼ぶにふさわしい。シチリアに帰還した像がその後どうなったのかは明言されていないが、高い塀に囲まれた庭園に今でも立っているのではないかと思う。公爵は像の取り扱い方をよく心得ているようなので、彼に任せておけば大丈夫だろう。

From Evil's Pillow

From Evil's Pillow

  • 作者:Copper, Basil
  • 発売日: 1973/06/01
  • メディア: ハードカバー

ソーンダーの小さな友達

 ダーレスに"Saunder's Little Friend"という短編がある。初出はウィアードテイルズの1948年5月号で、同年アーカムハウスから刊行されたNot Long for This Worldに収録された。その後も様々なアンソロジーに繰り返し再録されており、地味ながら人気作だ。
 アガサおばが亡くなり、甥のラネリー=ソーンダーが遺産を相続することになった。ソーンダーはアガサおばの家に引っ越したが、彼女がもっとも気に入っていた部屋にあるものを動かしてはならないという条件つきだ。椅子の位置を変えることすら許されないと遺書にはしたためてあった。
 ソーンダーは意に介さずに部屋を引っかき回す。引き出しの中に粘土の塊があり、ソーンダーは衝動に突き動かされて捏ねた。気がつくと、年度は人間に似た怪物の形になっていた。そのとき知人が訪ねてきたので、ソーンダーは粘土を放り出して出迎えたが、後で部屋に戻ると怪物の像はどこにも見当たらなかった。ただ余った粘土が机の上に取り残されているばかりだ。慌てた弾みに像を落として潰し、粘土の山の中に紛れさせてしまったのだろうとソーンダーは思った。
 次の日から奇怪なことが始まった。ソーンダーが料理店や劇場に行くと、ペットを連れこまないでくださいと注意を受けるのだ。小動物がソーンダーについて回っているのが周囲の人間には見えるらしかった。しかも家の壁の中にはネズミがいるらしいのだが、罠を仕掛けても一向に捕まってくれなかった。
 ソーンダーはアガサおばの遺品の中から魔術書を見つけ、その本を彼女に売ったインド人の書店主を訪問した。「ただの珍本ですよ」と書店主は説明する。そして本屋を去ろうとするソーンダーを後ろから呼び止め、ペットをお忘れなくと付け加えた。
 ソーンダーが再び家捜しをすると、アガサおばのお気に入りだった部屋の引き出しから、彼が衝動的に作った怪物の像が出てきた。そいつは生きているかのように動いており、残っていた粘土で何かを制作している最中だった。作業はほぼ完了しており、新しい人形ができていた。
 ソーンダーは怪物とそいつの作品をひっつかみ、暖炉の中に放りこんだ。彼がもっと注意深ければ、怪物が作った粘土の人形が朧気ながら自分に似ていることに気づいただろう。人形が炎に包まれると、ソーンダーは顔に苦悶の表情を浮かべて倒れた。発見された彼の遺体に目立った外傷はなかったが、検死に当たった医師の証言によると、なぜか体内がひどく焼けただれていたそうだ。
 労せずに大金を手に入れたのだから、せめて故人の意思くらい尊重しようぜというお話。アガサおばさんが遺したものは、呪いの人形を作るための人形を作らせるための呪いだった。さても回りくどいが、ソーンダーがアガサおばとの約束を何遍も繰り返して破らない限り実害は発生しないのだから、彼女としては踏みとどまる機会を甥に与えたつもりだったのかもしれない。粘土細工の怪物がせっせと人形をこしらえている光景が奇妙なユーモアを感じさせ、なかなか洒落た印象を与える作品だ。

ジョーンズの狂気

 昨日に続いてアルジャーノン=ブラックウッドの作品集の話題だ。The Listener and Other Storiesには九つの短編が収められている。

  • 幻の下宿人
  • 毒殺魔マックス・ヘンシッグ
  • The Insanity of Jones
  • 死の舞踏
  • 幻影の人
  • 五月祭前夜
  • スランバブル嬢と閉所恐怖症
  • 幽霊の館

 ひとつだけ未訳のままになっている"The Insanity of Jones"の話をさせていただきたいが、この作品もプロジェクト=グーテンベルクで無償公開されている。
www.gutenberg.org

冒険は、冒険心のある者のもとにやってくる。神秘的な物事は、驚異と想像をもってそれらを待ちかまえる人々の道程に立ち現れる。だが大多数の人間は半開きの扉の前を通りかかっても、閉じていると思いこみ、背後にある因果の世界と彼らの間に現れたものの形をとって絶えず垂れこめる大いなる帳の微かな動きに気付きもしない。

 ……という出だしなのだが、白状すると私は読んでいて微妙なしんどさを感じた。もちろん私の英語力の問題が大きいのだが、それだけではないらしい。ブラックウッドの文章は悪い意味で報道調だとラヴクラフトは1933年3月14日付のロバート=バーロウ宛書簡で述べている。敢えて新聞記事のような文体を使うのも怪奇幻想文学の技法のひとつだろうが、ブラックウッドの場合はむしろ生硬な印象を与えてしまっているのだろう。だが、その欠点をものともせずに圧倒的な想像力で力押しするのがブラックウッドだともラヴクラフトは評している。
 話を戻すと、主人公のジョン=エンダービー=ジョーンズはロンドンの保険会社に勤めている。自分は現世と異界の境界線上にいるというのが彼の信念だった。その異界では時間も空間も思考の一形態に過ぎず、太古の記憶がありありと可視化されている。そして個々の人生の背景に潜んでいる力が明らかになり、世界の核心に隠された根源が見えるのだ。
 人事異動で本部の総支配人が交代し、ジョーンズは新しい総支配人の秘書に抜擢された。ある日、いつものようにジョーンズがソーホーのフランス料理店で夕食をとりに行くと、そこにはソープがいた。ジョーンズがまだ新人だった頃、たいそう親切にしてくれた先輩だが、彼はもう5年以上も前に亡くなったはずだった。ジョーンズはソープに連れられ、無言で街を歩いていった。
「私は遙かな過去から君を助けにやってきたのだよ」とソープはいった。「君には大きな借りがあるのに、今回の人生では少ししか返せなかったからね」
 「過去の館」と呼ばれる大きな屋敷にソープはジョーンズを案内し、その家は地下室から屋根裏までジョーンズの前世の記憶が詰まっているのだと説明した。ある部屋でジョーンズが見たのは、前世の自分がスペインの異端審問官に拷問される光景だった。彼は友人を共犯者として告発するよう強要されていたのだが、頑として口を割らないまま処刑されたのだという。その友人というのは前世のソープであり、異端審問官の生まれ変わりがジョーンズの上司である総支配人だった。
 ジョーンズは拳銃を購入してエセックスの海岸で独り射撃の練習に励み、何週間か経つ頃には25フィートの距離から半ペニー硬貨を狙って12回に9回はきれいに中心を打ち抜けるようになった。ちなみに25フィート(7メートル50センチ)は総支配人の執務室の端から端までの距離だそうだ。7月末の猛暑日、支配人に指示されたジョーンズが金庫の中の書類をとりに行くと、背後からソープの声が聞こえた。
「今日だ! 今日やらねば!」
 ジョーンズが書類をもって戻ると、部屋には総支配人しかいなかった。室内はかまどのようだった。
「今だ! 今やるのだ!」
 ジョーンズはドアに鍵をかけ、不審に思った総支配人が理由を訊ねた。
「なぜ? 誰の命令で――?」
「正義の声が命じたのであります」
 ジョーンズは拳銃を取り出し、総支配人の両手と両足を次々と撃ち抜いた。銃声を聞きつけた人々が駆けつけ、ドアを破ろうとしていた。
「急いで!」ソープの声がした。
 ジョーンズは総支配人の両眼を撃ち、彼は絶命した。使命を果たしたジョーンズは自殺しようとしたが、あいにく拳銃は6連発だったので弾倉は空になっていた。ドアを破って雪崩れこんだ人々がジョーンズを拘束したが、彼は抵抗しなかった。2人の警官に連行されていきながらジョーンズが見たものは、ベールをかぶった人物の姿だった。その人物はジョーンズの前を威風堂々と動き回り、小さな円を描くように炎の剣を振っては、異界から列をなしてジョーンズに殺到してくる顔の群を追い払っていた。
 ……という話だ。題名は「ジョーンズの狂気」となっているが、亡き友人に会ったり前世の光景を見たりしたこと自体が狂気の産物だったのか、それとも前世の復讐をするのが正義だと信じて殺人に及んだことが狂気と呼ばれているのかは定かでない。
 ラヴクラフトThe Listener and Other Storiesを読んだことがあり、1926年8月9日付のダーレス宛書簡で「すばらしい」と称賛している。"The Insanity of Jones"への言及は彼の書簡には見当たらないが、「柳」以外の収録作も高く評価していたことが窺える。

発見した男

 アルジャーノン=ブラックウッドにはThe Wolves of God and Other Fey Storiesという作品集がある。1921年にE.P.ダットンから刊行されたもので、現在では公有に帰しているためプロジェクト=グーテンベルクで読むことが可能だ。
www.gutenberg.org
 収録されている作品は以下のとおり。

  • 神の狼
  • 中国魔術
  • ランニング・ウルフ
  • 宿敵
  • 転生の池
  • 獣の谷
  • The Call
  • Egyptian Sorcery
  • The Man Who Found Out
  • 片袖
  • 錯視の怪*1
  • 打ち明け話
  • The Lane That Ran East and West
  • 復讐するはわれにあり

 四つの短編が未訳のままだが、そのうち"The Man Who Found Out"を紹介させていただこう。宇宙の秘密に触れてしまった学者の話で、初出はThe Canadian Magazineの1912年12月号だそうだ。"A Nightmare"と副題がついている。
 マーク=イボア教授は高名な生物学者であり、同時にピルグリムという筆名で神秘主義の本を数多く書いていた。楽観的な筆致で人々を勇気づけるピルグリムの著作は好評を博していたが、著者の正体がイボア教授であることを知っているのは出版社と助手のレイドロー博士だけだった。
 自分は若い頃から不思議な夢を見ているとイボア教授はレイドロー博士に語った。砂漠の下から「神々の銘板」を見つけ出して解読し、すばらしいメッセージを世界の人々に届ける夢だ。この会話の中で教授は「世界最高のマッチであっても、まず灯芯をしっかり作らなければ蝋燭に火はつかない」といっているが、いい言葉だとは思うものの話の本筋には関係がない。
 かつてカルデア王国があったアッシリアの地まで教授は神々の銘板を探しに出かけていった。9カ月後に帰国した教授は銘板の発掘と解読を成し遂げていたが、快活で楽観的な性格は失われてしまっており、銘板に何が記されていたのか発表することもなかった。彼は著作を回収し、研究も止めて2年後に世を去った。遺産はレイドロー博士が相続することになったが、可能ならば銘板を破壊せよというのが教授の遺言だった。
 レイドロー博士は悲しみに沈みつつ後始末をし、1カ月が経った。教授の遺品の中には銘板があり、外観から判断するに材質は石のようだったが、手触りは金属のようでもあった。摩耗しかかった象形文字とおぼしきものが表面に刻まれていたが、レイドローには読むことができなかった。だがイボア教授は英訳も遺していた。
 英訳を読み通したレイドローは顔色を変え、5分ほど石化したかのように立ち尽くしていた。ようやく我に返った彼は、訳文が書かれた紙を焼き捨てる。そして炉棚に飾ってあった杖を手に取って時計を打ち砕き、奇妙にも平静な声でいった。
「嘘つきの声は永遠に沈黙しておけ。時間などというものは存在しない!」
 レイドローは懐中時計も壁にたたきつけて破壊し、その残骸を持って実験室に行くと骨格標本にぶら下げた。
「紛い物同士でつるみ合っていろ」彼は奇妙な笑みを顔に浮かべた。「おまえらはどちらも迷妄、酷薄で不実だ!」
 レイドローはイボア教授の蔵書や著作を次々と窓から放り出した。
「悪魔の夢! 悪魔の愚かしい夢だ!」
 壁には東洋の刀や槍が飾ってあり、レイドローは自殺しようとしているかのように指で刃に触れる。だが考え直して外出し、催眠術の権威である知人のアレクシス=スティーヴンに会いに行った。過去2時間にあったことを完全に忘れさせ、死ぬまで思い出さないようにしてほしいとレイドローに頼まれたスティーヴンは彼に催眠術をかける。効果は覿面で、レイドローは神々の銘板のことをすっかり忘れてしまった。
 レイドローが帰宅すると、家政婦のフューイングス夫人が騒いでいた。何者かが押し入って部屋の中を荒らしたというのだが、それが自分自身の仕業であることを博士は思い出せず、銘板もゴミに出してしまった。紙を焼いた灰が窓枠に積もっているのを彼は何気なく吹き払い、灰は風に乗って木の梢まで飛んでいった。
www.tor.com
 Tor.comの記事で取り上げられているが、やはりクトゥルー神話との親和性が指摘されている。だがカルデアの遺宝が明かした宇宙の真理が何だったのか考察しようにも手がかりが少なすぎ、狐につままれたような読後感が残るというのが正直なところだ。この手の話は説明しすぎれば興醒めだし、説明が足りなければ焦れったいが、その点ラヴクラフト先生は匙加減がちょうどいいとはC.L.ムーアの弁である。
 なお"The Man Who Found Out"も含め、The Wolves of God and Other Fey Storiesに収録されている作品は当初ウィルフレッド=ウィルソンなる人物とブラックウッドの合作ということになっていた。マイク=アシュリーの評伝によるとウィルソンはブラックウッドより六つ年下の親友で、若い頃の旅の相棒だったそうだ。ブラックウッドは最晩年までウィルソンと交流があったという。ただしウィルソンは執筆にはまったく関与していないそうなので、厳密にいえば原案協力者だろう。

死せる家々

 昨日の記事で紹介したLeavesの第1号にはエディス=ミニターの"Dead Houses"が掲載されている。ミニター夫人はアマチュアジャーナリズムが縁でラヴクラフトと親交を結んだ人だが、その作品はひとつも邦訳されていない。せっかくなので読んでみた。
 "Dead Houses"は1920年頃に執筆された短編。ニューイングランドの田舎に建っている家と、そこに住む人々の暮らしが一人の女性の視点で綴られている。主人公の女性は作者がモデルになっているらしく、彼女の母が散骨を希望していたので遺体を荼毘に付したという冒頭の記述も、ミニター自身の母親であるジェニー=E=T=ダウを指しているのだろう。この散骨は1935年9月21日に執り行われ、ラヴクラフトも参列したと1935年10月6日付のダーレス宛書簡にある。ラヴクラフトは散骨の場所を「辺鄙で陰鬱な『ダニッチ』地方」と呼んでおり、したがって"Dead Houses"の舞台もそのあたりということになるはずだ。
 物語はいくつかの素描の連なりで構成されているが、バーディー=エドワーズなる女性の話は中でも強烈だ。彼女は既婚なのだが、夫はまったく登場しない。夫の兄弟だという男性がバーディーと一緒に暮らしていたが、その生活たるや赤貧洗うが如きものだった。ある日、家の煙突から煙が出ていないのを心配した隣人がドーナッツを持って様子を見に行くと、バーディーは寝たきりで餓死しかけており、義兄弟のほうは居間で人事不省の状態だった。木製のトランクを解体して薪代わりにしようとしている最中に倒れたらしかった。彼は1時間後に息を引き取ったが、実は何千ドルもの貯金があったことが死後に判明する。バーディーも2週間後に亡くなり、後に残された大金と家は彼女の娘がフィラデルフィアからやってきて相続した――痛ましい貧困の話だと思いながら読んでいたら実は吝嗇の果ての死というわけで、一気に不気味さが増してしまった。
 主人公はしまいに自分の家を売ってしまう。その2年後の夏に彼女は家を再訪し、新しい住人となった夫妻に歓待されるが、家がすっかり様変わりしているのを見て悲しい気分になる。バーディーの娘は母親の家に住もうとはせず、買いたいという者が現れても相手にしないで朽ちるに任せていたが、その態度は正しかった――と主人公は思うのだった。
 ダニッチの日常の描写だといわれても信じてしまうそうなくらい鬱々とした話なのだが、実のところ怪奇の要素は皆無だ。ロバート=バーロウはミニター夫人の知り合いではなかったが、ラヴクラフトがダーレスに宛てて書いた1934年12月4日付の手紙によるとW=ポール=クックが彼女の遺著管理者だったそうだ。1934年に他界したミニターの遺稿をどうにかして世に出したいとクックが望んでいたので、ラヴクラフトの仲介でバーロウが引き受けることになったのだろう。
 余談だが、ブラム=ストーカーが『ドラキュラ』の改稿をミニターに依頼したという真偽の定かでない話がラヴクラフトのバーロウ宛書簡にはたびたび出てくる。*1報酬の点で折り合いがつかなかったためミニターは引き受けなかったというのだが、証拠があるわけではないらしい。いずれにせよ『ドラキュラ』を始めとするストーカーの作品に対するラヴクラフトの評価はとても低い。一方でベラ=ルゴシには好意的で、ドラキュラの映画が凡庸なのは原作と脚本のせいでルゴシは悪くないと擁護している。*2
 最後にエディス=ミニターの生年の話をしておこう。『H・P・ラヴクラフト大事典』では1867年生まれとなっているが、バーロウ宛書簡集によれば1969年だ。どちらもヨシ&シュルツの仕事なのだが、刊行年は前者のヒポカンパス=プレス版が2004年、後者が2007年となっており、新しいほうを信用するのが無難か。バーロウ宛書簡集ではトライアウト誌の1934年8月号を典拠にミニターを1869年5月5日生まれ、1934年6月8日死去としており、これが正しい生没年と思われる。

南国のラヴクラフト

 1934年5月、ラヴクラフトはフロリダのバーロウ家に滞在中だった。「フロリダはいつもながら爽やかで元気が湧いてきます」「私の活力は北国にいたときの3倍です」とラヴクラフトは5月19日付でダーレスに書き送っている。現地の気温は華氏86度(摂氏30度)に達していたそうだが、ラヴクラフトは暑ければ暑いほど元気になる人なのだ。*1ダーレス宛の手紙をもうちょっと引用してみよう。

バーロウのお父様(今は家にいないのですが)は陸軍の退役中佐です。バーロウ邸はデランドの西14マイルのところにあり、魅力的な田園風の屋敷です――造園は見事ですが、まだ完全には終わっていません。屋敷の裏手には湖があり、夕暮れにはボートで遊んでいます――大きなトクサバモクマオウの木が西の空を背景に立っている様子がまるで日本の版画のようです。先日、長さ7フィートを超えるムチヘビをバーロウが仕留めましたよ――このあたりで狩れる大物の一例です。そういえば――最近ダーレス君が送ってくれた原稿を見たバーロウは身震いするほど大喜びしています。

 陸軍中佐は英語ではlieutenant colonelだが、ラヴクラフトの手紙では単にcolonelとなっている。大佐と間違えていたというわけではなく、慣例でlieutenantを省略して呼ぶことがあるらしい。デイヴィッド=H=ケラー*2も最終階級は陸軍軍医中佐だが、回想記で自分をthe Colonelと呼んだことがある。実際には大佐なのか中佐なのか判断できなくなり、翻訳するときに困るので止めてほしい。
 「日本の版画」と呼ばれているのは、もちろん浮世絵のことだ。ラヴクラフトはボストンやプロヴィデンスの美術館で葛飾北斎安藤広重の作品を実際に鑑賞しており、浮世絵に詳しかった。
 バーロウが蛇を殺したことは1934年5月22日付のエリザベス=トルドリッジ宛書簡にも書いてあり、そちらによると銃を使ったそうだ。射撃はバーロウの特技のひとつだった。なお皮を本の装丁に使うのが目的だったという。
 この5月19日付のダーレス宛書簡でラヴクラフトはバーロウのことを「すばらしい子で、ほとんどダーレス君に匹敵しそうな才能があります」と評しているが、相当な褒め言葉といってよい。そんなふうに称賛されていることを本人が知ったら一体どう反応したか気になるところだ。

バーロウ「そ、そんなの当然じゃないですかフフーン!」

 念のために断っておくと、上のセリフは嘘だ。そのバーロウが発行していたファンジンが電書で安く復刻されていたので買ってみた。

 Leavesは1937年の夏に第1号が、1938年の冬に第2号が刊行された。寄稿している顔ぶれはラヴクラフト・ダーレス・スミスの三聖を始めとして、ホワイトヘッド・ハワード・ロング・ワンドレイ・メリット・ムーア・ライバーなど非常に豪華だ。「ラヴクラフト・サークル」の主立った面々がほとんど総出演といってよいが、これもラヴクラフトの遺徳というべきだろう。ダーレスの"The Panelled Room"*3も収録されているが、この佳編を提供するとは彼もなかなか太っ腹だ。

一族の恥

 Over the Edgeというアンソロジーが1964年にアーカムハウスから刊行されている。収録されている未訳作品のうちライバーの"The Black Gondolier"*1やロングの"When the Rains Came"*2は以前このブログで記事にしたことがあるが、今回はジョン=メトカーフの"The Renegade"を紹介したい。なお、このアンソロジーラヴクラフト&ダーレスの「屋根裏部屋の影」やキャンベルの「呪われた石碑」の初出でもある。
 アフリカ帰りのテディおじさんはあまり愉快な人物ではなかったが、それでも姪のバーバラは話相手になってあげていた。彼女が唯一の遺産相続人と目されていたからだ。バーバラの家は決して裕福ではなかったし、彼女にはトニーという交際中の男性がおり、彼と一緒に暮らす家を買うためのお金が必要だった。
 テディおじさんはロンドン動物園に行くのが好きで、とりわけボブという名のサイにしきりに会いたがっていた。テディおじさんとボブがたっぷり15分も互いに見つめ合っている間、バーバラは傍らでイライラしているのが常だった。
「そんなにボブのことが好きなの?」バーバラはいささか呆れ気味に訊ねた。テディおじさんはその問いには答えようとせず、サイを対象とするアフリカの部族信仰について熱弁を振るいはじめた。
「ヨーロッパには人狼がおり、ビルマには人虎がいる。アフリカの一部には人豹がおり、そして人犀もいるのだ。亡者の魂がサイの身体に入ることによって人犀となるのだ」
 テディおじさんの機嫌を損ねてしまったかとバーバラは後悔する。それからほどなくしてテディおじさんは亡くなったが、彼の遺言はバーバラをいたく失望させるものだった。莫大な遺産のほとんどは動物愛護団体に行くことになり、彼女に贈られたのは1000ポンドに過ぎなかったからだ。おまけとして銀のロケットブレスレットもついてきたが、さほど値打ちはなさそうだった。サイの尻尾からとったとおぼしき毛がロケットには入っていた。
 なるべくボブに会いに行ってやってほしいとテディおじさんはバーバラに言い残していった。トニーと結婚する計画も狂ってしまい、おもしろくない気分のバーバラ。それでもロンドン動物園に出かけていくと、ボブはどうも様子が変だった。妙に見覚えのある仕草や表情をするのだ。わけのわからない気味悪さを感じたバーバラは動物園から逃げ出し、形見のブレスレットを質屋に持っていった。
 バーバラは再びロンドン動物園を訪れた。テディおじさんが死んでからボブの様子がおかしくなった理由を考えて「そんなバカな……」と呟く。もうボブのところには来ないほうがよいでしょうとサイの飼育係のフィンキスト氏がバーバラにいった。
「でも、どうしてですか?」
「射殺されることになりましてな」言葉を濁しつつフィンキスト氏は説明した。「その……よくない癖があるのですよ」
 バーバラは動物園から立ち去り、質札を取り出して破り捨てた。人犀なんてありえないわよと彼女は思うのだった。うちは由緒正しい人狼の家系なのに、まったく冗談じゃないわよ……。
 問題なのはそこかいと突っこみを入れたくなるオチで、なかなか印象に残る作品だった。作者のメトカーフは英国の人だが、最晩年に帰国するまで長らく米国で暮らしており、"The Renegade"以外にも『漆黒の霊魂』所収の「窯」など数編がアーカムハウスから出版されている。「死者の饗宴」を読んだキャンベルは1964年12月27日付のダーレス宛書簡で彼のことを「雰囲気作りの達人」と評した。