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「戸口に現れたもの」余話

 1933年8月に「戸口に現れたもの」を完成させたラヴクラフトは清書稿を友達に送って意見を求めた。同年12月4日付の手紙でクラーク=アシュトン=スミスは次のように述べている。

エドワード=ダービーのキャラクターはよく書けていますよ。ひとつ非常に小さな提案があるのですが、我ながら自信がなく躊躇を覚えるものです。アセナスの亡骸を動かすという異常な能力がダービーにあったのは、彼もまた一方ならず黒魔術に精通していたからだと示唆(一文あるいは一言でいいと思います)を付け足すのはいかがでしょうか。とはいうものの、今のままでも暗に示されていることかもしれません。

 スミスはラヴクラフトの原稿をロバート=E=ハワードに転送し、ハワードは読み終えたことを1934年1月頃の手紙でラヴクラフトに報告している。

「戸口に現れたもの」を拝読する機会をくださり、ありがとうございました。とても楽しかったですよ。ラヴクラフトさんが怪奇幻想の達人であることは、この作品でも歴然としています。どの作品でもそうですけどね。

 ところがラヴクラフトは1934年3月11日付のダーレス宛書簡で「二丁拳銃のボブは何も意見をくれません――彼の陽気な性格にとっては退屈すぎる作品だったかもしれません」と愚痴をこぼしている。ただ称賛するだけでは意見のうちに入らないのだろうか。ハワードにしてみればラヴクラフトの小説を講評するなど恐れ多いことだったに違いないが、ラヴクラフトとしては褒めちぎられるよりも欠点を指摘されるほうが安心できたのだろう。面倒くさい人だ。
 ダーレスが意見を述べたラヴクラフト宛の手紙は現存していないが、彼の考えは1934年2月24日付のスミス宛書簡で確認できる。ダーレスは「楽しかった」としながらも、十分には満足していなかったようだ。

化物がまだ生きているのですから、物語は本当に終わったわけではありません。容疑者となった語り手がなぜ逮捕されていないのかという説明もありません。戸口に現れたものはまず精神病院に行ってダービーの肉体を焼却し、それから保釈中の語り手に書面を手渡すということにしてはどうでしょうか。宙ぶらりんのまま終わらせるよりは、そのほうがましではないかと思います。ですが、それ以外の点では申し分のない作品です。

 スミスは3月2日付で返信し、ダーレスの意見も一理あると認めつつ「僕としては今のままが好きです」とラヴクラフトを擁護した。語り手であるアプトンが逮捕されていないというのは明らかにダーレスの勘違いであり、ラヴクラフト自身が3月11日に「あの手記はアーカム拘置所で書かれたものですよ」と訂正している。なぜダーレスはそんな誤解をしたのだろうかと私は首をひねっていたのだが、ラヴクラフトがロバート=ブロックに宛てて書いた1934年4月9日付の手紙を読んだところ理由がわかった。アセナスの死体に入ったエドワードがアプトン宅の戸口に現れるよりも前に、エドワードに乗り移ったアセナス*1エドワード自身が射殺したとダーレスは思いこんでいたというのだ。作中で出来事が語られる順番では確かにそうなっているのだが、迂闊といわざるを得ない。
「まあ多読家が斜め読みするのが当たり前ですし、ましてや私の作品なんて重要じゃないですからね」などとラヴクラフトはブロック宛の手紙で拗ねているが、これは不注意だったダーレスが悪い。ただ、エドワードが自分自身の力で復讐を遂げるという展開も一考に値するのではないだろうか。状況に流されっぱなしだった彼が最後の最後で根性を見せればカタルシスがあるし、実は黒魔術の達人だったとほのめかすというスミスの案と組み合わせるのがよさそうだ。もっとも、人間を描くことに関心がなかったラヴクラフトには不向きな発想だろうし、あくまでもダーレスが「戸口に現れたもの」を書いた場合の結末として興味深いというに留まるだろう。

*1:厳密にいえばエフレイム。いや、本当はエフレイムですらないのかもしれないが。