新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

神の通過

 ラヴクラフトが初めてロバート=バーロウに手紙を書いたのは1931年6月25日、サウスカロライナ州チャールストンを旅行中のことだった。フロリダを訪れてヘンリー=S=ホワイトヘッドに会ったばかりだったので、バーロウ宛の手紙にも彼への言及がある。その一部を訳出してみよう。

もしもアドベンチャー誌を置いている売店が近くにあるようでしたら、ホワイトヘッドの新作を見逃さないようにしなさいよ――「黒い獣」といいます。私見では、これまでウィアードテイルズに載った彼の作品を凌駕する傑作でして、例外はかの比類なき"Passing of a God"だけです。

 ホワイトヘッドの"Passing of a God"はウィアードテイルズの1931年1月号に掲載された。彼が1933年に亡くなったときの追悼文でもラヴクラフトは同作を最高傑作としているが、未だに邦訳はない模様だ。
 "Passing of a God"の舞台は西インド諸島、語り手はジェラルド=ケインヴィンだ。彼が友人のペルティエ医師を自宅に招き、話を聞いているところから物語は始まる。ペルティエ医師が語るのは、アーサー=カースウェルという患者にまつわる奇妙な体験談だった。
 ウィリアム=シーブルックのThe Magic Islandを読んだことはありますか? とペルティエ医師はケインヴィンに訊ねる。シーブルックは米国のオカルティストで、ハイチを題材にした旅行記であるThe Magic Islandはゾンビを米国の大衆文化に導入するのに寄与したという。最後は酒に溺れて1945年に自殺したそうだが、それはさておきThe Magic Islandで紹介されているハイチの風習には神が人に憑くというものがあった。憑代となったものは周りの人々から崇められるが、神が去っていけば礼拝はぴたりと止むのだそうだ。
 シーブルックの著作を前振りにしてから、ペルティエ医師はカースウェルの話に移った。ポルトープランスの病院を訪れた彼は愉快な人物だったが、その身体は妙にぶよぶよした印象を与えるものだった。実は腹部に巨大な腫瘍があったのだ。その腫瘍のせいで仕事を諦め、婚約者とも別れたカースウェルは米国を去ってハイチに来た。沼地で獲ったカモを干し肉にして米国に輸出する商売をしているうちに7年が経ち、彼はすっかりハイチの社会に溶けこんでいた。
 カースウェルは入院して手術を受けることになり、詳しい経緯をペルティエ医師に語る。腫瘍のせいで死に近づいていることは常に意識していたものの、これまで苦痛はなかったそうだ。ところが3日前に卒倒し、目が覚めると神の憑代として現地人に拝まれている最中だった。皆そのうち帰るだろうとカースウェルは考えたが、彼が我に返っていることがわかっても誰一人として立ち去らず、神官や呪医までやってきて恭しく捧げ物をする始末だ。そして腫瘍が痛みはじめたので、カースウェルは病院に行くことにしたのだった。
 『ブラック・ジャック』を読んだことがある人ならおわかりになるだろうが、実は腹部の奇形嚢腫に神が宿っていたのだ。真相が簡単に推測できてしまうにもかかわらず、カースウェルがとても魅力的な人物として描かれているおかげで、彼は果たして助かるのだろうかと手に汗を握りながら読み進めることができる。手術を行って腫瘍を摘出した――ここまで語ったところでペルティエ医師はケインヴィンを自分の家に誘う。
 アッチョンブリケが口癖の幼女がペルティエ医師の家で待っていたらどうしようと思ったのだが、彼がケインヴィンに見せたものは腫瘍をアルコールに漬けた標本だった。ビリケン原文ママ)に似た姿で、手術の直後は呼吸していたそうだ。その双眸は途方もなく邪悪で、測り知れざる太古から崇拝されてきた神の眼だったとペルティエ医師は語るのだった。
 退院したカースウェルを見た人々は喜んでくれたが、もう神として崇めることはなかった。すっかり元気になったものの、カースウェルは帰国しようとはしなかった。恋人もすでに世を去っており、米国での暮らしに未練はなかったのだ。彼はハイチの社会や文化にたいそう精通しているので、現在は高等弁務官の相談役を務めているという。
 落ちが早々とわかってしまうのに楽しめるのは、ホワイトヘッドが丁寧に書いているからだろう。ラヴクラフトが褒めるだけのことはある作品だと思う。マイク=アシュリーによると、アルジャーノン=ブラックウッドもダーレス宛の手紙でホワイトヘッドを高く評価したことがあるそうだ。