新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ラヴクラフトの聖樹

 ラヴクラフトが1934年12月30日に書いたダーレス宛の手紙より。

ダーレス君の27日付の手紙が届いたとき、ちょうど一筆したためようとしていたところだったのですよ。ハワード=ワンドレイから君の病気のことを聞いたばかりで、どれほど深刻な容態なのか、どこまで快復したのだろうかと気になっていたのです。思ったほどひどくなかったようで重畳です。天然痘のような症状が出たら警戒しなければなりませんが、ワクチンの接種を受けた後で罹患する仮性のものなら怖れるに足らないと思います。そんなに軽度で済んだとは幸運でしたね――私だったら、もっと重症になっていただろうと思います。接種は2歳半の時に受けたきりですし、加齢につれてワクチンの効力は消失しているでしょうから。

 ワクチンは大事だよという話をしているラヴクラフト。その少し前にダーレスが天然痘のような発疹を起こしたのだが、ワクチン接種済だったので仮痘で済み、倦怠感すら生じなかったという。

賑やかなユールを過ごしておられることと思います。うちでもツリーを飾りましたよ――この四半世紀で初めてのことです。古い飾り付けはもちろん散逸していましたが、安価な新品をウールワースの店で仕入れてきました。完成したツリーですが――きらきら光る星も飾り玉も取りつけましたし、枝からはサルオガセモドキのように金糸を垂らすようにしました。確かに見物でしたよ! 仕上げに十二色の電飾も入手しました。

 というわけでクリスマスツリーを飾るラヴクラフトは実在したのだが、ずいぶん気合いが入っていたようだ。ちなみにウールワースというのは当時の米国にあった日用雑貨のチェーン店らしい。

さて、これからマンハッタン行きの駅馬車に乗るところです。もう一度、私の若き孫であるベルナップの客人になりにいくのですよ。今回はずいぶん大規模な催しになりそうです。何しろ長旅を済ませてアヴェロワーニュから戻ったワンドレイが来てくれますし、ボビー=バーロウ少年もワシントンから駆けつけてくる予定ですから。

 ワンドレイというのが兄弟のどちらなのかラヴクラフトは明言していないが、アヴェロワーニュはクラーク=アシュトン=スミスが住んでいるカリフォルニア州オーバーンのこと。この年の11月、ドナルド=ワンドレイはスミスを訪問しており、彼との連名でカリフォルニアからラヴクラフト宛の手紙を出している。そのことはダーレスも知っていたのでラヴクラフトファーストネームを省略したのだろう。なおニューヨークでの新年会には弟のハワード=ワンドレイも参加した。
 駅馬車とあるが、実際にはもちろん長距離バスだ。ダーレス宛の手紙を書き終えたラヴクラフトは乗車場に出かけていった。寒さのせいで心臓が苦しくなったが、どうにか生きてバス乗り場まで辿りつくことができたと書かれた葉書を彼はニューヨークから叔母に送っている。ラヴクラフトがバスに乗りこんだとき、もう真夜中だった。
 バスの中は幸いにも暖房が効いており、隣に誰もいなかったのでラヴクラフトはゆったりと座ることができた。バスがニューヨークに到着したのは12月31日の午前7時、110番地はまだ夜が明ける兆しすらなかった。ラヴクラフトはそう叔母さんに報告しながら「クリスマスツリーが恋しいです!」と書いているので、よほど気に入っていたのだろう。
 ラヴクラフトは無事にロング一家と会い、その日の午後にはバーロウとも落ち合った。「すべての海が」をバーロウと合作したのは、この時のことだ。年が明けてからはニューヨークの古書店を回り、マシュー=グレゴリー=ルイスの『マンク』を買ったとダーレスに手紙で知らせている。*1