新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ダーモッドの破滅

 このところアルジャーノン=ブラックウッドとロバート=E=ハワードの作品を交互に紹介しているが、別に意図があるわけではない。そもそもハワードはブラックウッドを読んだことがないと1930年10月頃の手紙でラヴクラフトに語っており、少なくとも直接的な影響は受けていなかったはずだ。
 それはさておき、ハワードには"Dermod's Bane"という短編がある。彼の生前には発表されたことがなく、初出はMagazine of Horrorの1967年秋季号だ。The Horror Stories of Robert E. Howardに収録されている。主人公の名はキロワンといって、これは「われ埋葬にあたわず」の語り手と同名だ。また"The Haunter of the Ring"*1の主役はジョン=キロワンといい、故フィリップ=ホセ=ファーマーの公式サイトでは彼らをすべて同一人物としているが、実のところハワードが登場人物の名前を使い回すのは珍しくない。
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 最愛の姉妹モイラを失って悲しみに暮れるキロワンは心を癒やすべく、先祖ゆかりの地であるアイルランドのゴールウェイに来ていた。なお姉妹といっても姉なのか妹なのかは不明だ。英語圏の小説では兄弟姉妹の長幼の序に無頓着なことが多く、この作品も御多分に漏れない。「妹を溺愛する兄」と「姉が大好きな弟」では微妙に印象が異なるのだが、そう思うのは私だけだろうか。
 キロワンは現地の羊飼いから昔話を聞く。それはダーモッド=オコナーという男の物語だった。名門たるオコナー家に生まれながら、彼は狼の異名を持つ無法者だったという。相手がノルマン人だろうとケルト人だろうと暴虐の限りを尽くすダーモッドの徒党は戦闘や離反が相次いで徐々に数が減り、とうとう彼ひとりになってしまった。それでもダーモッドは荒れ狂い続けたが、一族の若者を殺害されたキロワン家が復讐を誓って彼を追い詰め、マイケル=キロワン卿が一騎打ちを行った。そのマイケル卿の直系の子孫がキロワンなのだ。
 発見されたとき、マイケル=キロワンとダーモッド=オコナーは二人とも重傷を負っていた。ダーモッドのほうが傷が深く瀕死だったが、そのまま放置されて死ぬのではなく丘の上の木で縛り首にされた。キロワン家のものに末代まで祟ってやると言い残して彼は吊されたという。その木は今日なお残っており、地元の人々からは「ダーモッドの破滅」と呼ばれていた。
「ですからね、海を臨む崖に夜は行っちゃいけませんよ。笑いたければ笑いなさるがいいが、月のない夜にはダーモッドの怨霊が出没しますからね」
 羊飼いはそう忠告してくれたが、別離の苦痛が治まらないキロワンは夜ふらふらと戸外に出て行く。泣きたくても泣けないほどの悲しみを抱えながら彼は丘をさまよい、気がつくと崖の上にいた。目の前に誰かがいる。モイラの姿を認めたキロワンは我を忘れて駆け寄った。
 モイラはふわりと空中に浮き上がり、まるで風に吹かれる霧のようだった。キロワンは勢い余って高さ120メートルの崖下に転落しそうになる。落ちたら命はなかったが、そのとき誰かの手が背後から彼を引き留めた。忘れもしない、その手の感触は……。
 ダーモッドの怨霊がモイラになりすましてキロワンの命をとろうとし、絶体絶命の彼を救ったのは本物のモイラだった。ダーモッドは正体を現して消散し、モイラも去った。キロワンは草むらに突っ伏し、夜が明けるまで泣き通す。愛は憎しみに打ち勝つと知って彼は立ち直り、いつの日か自分はまたモイラを抱きしめることができると確信するのだった。
 短い作品だが、ハワードの愛するアイルランドが舞台になっている点が注目に値する。また、前述したようにジョン=キロワンのシリーズの一部と見なすならばクトゥルー神話大系と接点があることになる。なお念のために付け加えておくが、ハワード自身は一人っ子だ。