新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

せわしない水

 ロバート=E=ハワードに"Restless Waters"という短編がある。
en.wikipedia.org
 ウィキペディアではフェアリング*1の物語に分類されているが、これは正しくない。また初出がSpaceway Science Fictionの1969年9-10月号だというのも間違いで、正しくは1974年に刊行されたWitchcraft & Sorceryの10号だ。なおスペースウェイ誌のほうには「黒い海岸の住民」が載っている。

 1845年の晩秋、ニューイングランドのとある港町。〈銀の上靴亭〉という宿屋で起きた出来事が、そこで働いている少年の眼を通して描かれる。フェアリングの話ではないが、同じモチーフであることは確かだ。
 宿屋には4人の男が集まっていた。主人のエズラ=ハーパー、〈海女〉号のジョン=ガワー船長、セイレムから来たジョナス=ホプキンス弁護士、そして〈猛禽〉号のスターキー船長だ。外ではみぞれが降っており、彼らは暖炉のそばで酒を酌み交わしていた。
「こんな夜に航海するのは寒かろうな」とハーパーがいった。
「海の底で眠っている連中はもっと寒いだろう」といったのはガワーだった。
「トム=サイラーのことなら同情は無用だぞ」といって、スターキーが粗野な笑い声を上げた。
 サイラーはスターキーの船の一等航海士だったが、航海中に叛乱を煽動した罪で吊されたのだ。時は19世紀半ば、まだ海の上では船長の命令が絶対と見なされる時代だった。だがサイラーほど立派な人物がそんな悪人だったと突然わかったとは奇妙なことだとホプキンスは不思議がっていた。ハーパーは話題を変え、ベティの婚礼はいつだったかとスターキーに訊ねた。
「明日だ」とスターキーは答えた。
 ベティはスターキーの姪で、ジョー=ハーマーという男のもとに嫁ぐことになっていた。ハーマーはニューイングランド一の船主といわれる富豪だが、ベティとは親子ほども歳が離れている。ベティにはディック=ハンセンという恋人がいたが、彼は1年前に溺死したといわれていた。
「ジョー=ハーマーはあんたにいくら支払ったのかい?」とガワーが問いただした。
 あわや殴り合いの喧嘩になりかけたとき、当のベティが飛びこんできた。みぞれの降りしきる夜の道を駆けてきたので、ずぶ濡れになっている。ハーマーとは結婚したくないとベティはスターキーに訴えた。
「できないの! 生きていても死んでいても、ディックが私の夫なんだから!」
 いうことを聞かないなら殴り殺してやると脅すスターキー。ガワーが立ち上がって彼を押しとどめ、ハーパーの奥さんがベティを2階に連れて行って着替えさせた。一同が席に戻ったとき、沈黙を破ったのはホプキンス弁護士だった。
 ホプキンスは〈猛禽〉号の乗組員から聞き取りを行い、サイラーが叛乱を企てた事実はないと突き止めていた。破産しかかっているスターキーは大金と引き換えに姪を売り渡し、邪魔になるディック=ハンセンを誘拐させて英国の捕鯨船に乗せたのだ。そのことを知ったサイラーがベティに知らせようとしたので、濡れ衣を着せて縛り首にしたのだった。
 ディック=ハンセンは今アジアの港にいるが、なるべく早く米国に戻るという言伝をホプキンスは受け取っていた。やつが帰ってくる頃には結婚式は終わっているとスターキーはわめくが、急に手から酒杯を取り落として前のめりに倒れた。彼は死んでいた。死因は酒の飲み過ぎだろうということになったが、給仕をしていた少年だけは見ていた。非道な船長が絶命する直前、首に縄を巻きつけたサイラー航海士が窓の外に立っていたのを……。
www.howardworks.com
 この作品をハワードの遺稿の中から発見したのはグレン=ロードだが、題名がわからなかったので便宜的に"Restless Waters"と呼ぶことにしたという。だが"The Fear at the Window"と題する小説を書いたとハワードが1929年2月頃のテヴィス=クライド=スミス宛書簡で述べていることが後に判明し、こちらが本来の題名かもしれないと考えられているそうだ。