燃えと萌え
ロバート=E=ハワードのコナン・サーガに「黒い異邦人」という作品がある。文明社会から遠く離れた辺境で暮らすヴァレンソ伯爵と姪のベレサ。伝説の財宝を狙う海賊が来襲し、さらにコナンが現れて――という話だ。ハワードの没後も長らく日の目を見ず、スプレイグ=ディ=キャンプが改作したものが流布してしまったという不幸な作品でもあるが、その辺の経緯については中村融先生のブログが詳しい(参照)。
「黒い異邦人」ではもちろんコナンが活躍するのだが、少女同士の友情が描かれているのがむしろ印象的だった。美貌の令嬢ベレサにはティナという侍女がいる。ティナは孤児で、横暴な雇用主に虐げられているところをベレサに救われて彼女に仕えるようになったのだ。まだ年端もいかない子供だが、コナンが悪人でないことをいち早く見抜くなど聡明さがある。
ベレサとティナが登場するとき、海浜にたたずむベレサの近くでティナは海水浴に興じている。海賊船が接近してくるのを発見したティナが裸のまま駆け寄ると、ベレサはティナを優しく抱き寄せ、絹のドレスが濡れるのも意に介さない。またティナが伯爵に折檻されると、ベレサは伯爵の前で短剣を抜き、再びティナに手を出すようなことがあれば殺してやると警告する。主従というよりは姉妹に近い二人の絆が読み取れるだろう。
ベレサが海賊の頭目ザロノと無理やり結婚させられることになったとき、追い詰められた彼女にティナはいう。
「行きましょう、お嬢様! お嬢様をザロノのものにはさせません。遠い森の中に二人で行きましょう。歩けるところまで歩いて、もう歩けなくなったら横になって、一緒に死にましょう」
メイドさんがお嬢様に心中を持ちかけていると考えると、結構すごい展開だ。これはハワードの作品なので二人とも幸せになれるのだが、カール=エドワード=ワグナーの作品だと本当に心中してしまいかねないので油断がならない。それはさておき、ピクト族との戦いの中で海賊たちもヴァレンソ伯爵も死んでいくのだが、コナンの活躍もあってベレサとティナだけは生き残る。「ジンガラに戻ったらどうするかね?」とコナンに訊ねられたベレサは暗然と呟く。
「私にはお金も身寄りもないし、生きていく術も知らない。この地で死んでしまったほうがよかったのかも……」
「そんなことをおっしゃらないでください!」と叫ぶティナ。「私がお金を稼ぎますから!」
健気すぎて泣ける。「黒い異邦人」においてもコナンはかっこいいが、主役というよりは狂言回しを務めているように見受けられる。この作品はいわば群像劇であり、その中にあって一番の見せ場を創り出しているのがティナだろう。
私の感想。ハワードといえば豪腕と蛮勇でなぎ払っていく印象が強いが、彼の作品は意外と幽玄だったり萌え萌えだったりする。侮れない作家だ。
- 作者: ロバート・E.ハワード,Robert E. Howard,中村融
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2009/03/31
- メディア: 文庫
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