新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

魔物の神殿

 ロバート=E=ハワードの"The Temple of Abomination"はコーマック=マックアートを主役とする断章である。題名から想像がつくようにクトゥルー神話色が濃厚だが、惜しむらくは未完だ。梗概と、それを基に途中まで書かれた原稿だけが現存している。
 物語の舞台となるのはブリテン島の辺境。アラリック1世に率いられた西ゴート族がローマを略奪したのは80年前のことだとコーマックが作中で語っているので、西暦490年頃の話だろうと見当がつく。梗概のほうでは50年前となっているが、いずれにせよ5世紀後半の出来事だ。
 ウルフヘレとコーマックに率いられた勇士たちはサクソン人との戦に向かうところだ。途中、神殿とおぼしき建物があった。ドルイドの神殿だろうと思ったコーマックは一人で中に入ってみるが、怪物が襲いかかってきた。コーマックは怪物を斬り、仲間たちも神殿の奥へと踏みこむ。そこで彼らが見たものは、おぞましい儀式に耽る人外のものどもだった……。
 何かしら構想が語られていないかと思ってラヴクラフト・ハワード往復書簡集を見たのだが、コーマック=マックアートに関する言及自体が全然なかった。自分自身の作品に対するハワードの慎み深さは時として歯がゆいほどだ。なお、この断章をリチャード=L=ティアニーが補って完成させた作品があり、それにはショゴスなども出てくるとクリス=ハローチャ=アーンストのクトゥルー神話作品目録に書いてあるが、私は読んだことがない。
 話を充分に膨らませないままハワードは執筆を断念してしまったわけだが、アーサー王とコーマック=マックアートが同時代人であると語られていることは特筆に値する。アーサー王の勇猛さをコーマックがウルフヘレに説明しながら自分の古傷に触れる場面があるのだが、その傷はきっと彼がアーサー王と剣を交えたときにつけられたものなのだろう。
「アーサーは読み書きもできない男で、ランスロットとガウェインがいなかったら今でも一介の族長に過ぎなかっただろう」とコーマックは述べている。一方ランスロットはインテリでありながら殺人術を極めているという設定。もしもハワードの作品にランスロットが登場すれば、さぞかし格好いいキャラになっていたことだろう。ハワードによる新釈アーサー王伝説が読めたのかもしれないと思うと、惜しい気がする。

Cormac Mac Art (Robert E. Howard, Vol 1)

Cormac Mac Art (Robert E. Howard, Vol 1)

 ところで、上に挙げたのはコーマック=マックアートの物語を集めたベインブックスの単行本なのだが、2013年8月18日現在では作者がリンダ=ハワードとなっている。これは日本のアマゾンだけの間違いらしく、米アマゾンではちゃんとロバート=E=ハワードが作者だ。
 リンダ=ハワードという作家は実在する。私は読んだことがないのだが、ハーレクイン=ロマンスなどを書いており、邦訳された本も相当ある模様。彼女が二丁拳銃のボブと取り違えられた経緯は不明だが、すてきな恋愛の話を買おうとしている人に「そんなのより、北の荒海で死闘に明け暮れる漢たちの物語を読もうぜ」と薦めるアマゾンの深慮遠謀なのか?