新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

暗黒のファラオの呪い

 本棚の片隅で埃をかぶっていたThe Nyarlathotep Cycleを久々に引っ張り出してみた。1997年にケイオシアムから刊行されたアンソロジーだが、この本にはダンセイニ卿の『ペガーナの神々』から「予言者アルヒレト=ホテップ」と「探索の悲しみ」の2編が収録されている。前者ではアルヒレト=ホテップが、後者ではマイナルティテップが言及されているからだが、正直なところ名前が似ているだけという気がしなくもない。だがアルヒレト=ホテップが畢竟ペテン師であったことはラヴクラフトによるナイアーラトテップの描写に反映されているのではないかとロバート=プライスが指摘しており、そうだとすれば旧神ビームで吹っ飛ばされるラムレイ作品のナイアーラトテップは一周回って原点に近いのかもしれない。

The Nyarlathotep Cycle

The Nyarlathotep Cycle

 The Nyarlathotep Cycleにはリン=カーターの"Curse of the Black Pharaoh"が収録されている。カーターはこの作品を長編とするつもりだったそうだが、実際には中編程度の長さしかない。1952年から53年にかけて書かれたというが、当時カーターは朝鮮戦争で出征していたはずだ。もしや戦場で執筆していたのだろうか。
 物語の舞台は英国。エジプトでピラミッドの発掘調査を行った探検隊のメンバーが次々と怪死し、ミイラの呪いではないかと巷では噂されていた。5人目のキャリントン教授が惨殺され、調査に同行していたシェンストーン伯爵から事情を聴取するためにスコットランドヤードの警官が派遣された。この警官の名はジェイムズ=ブラント、階級は警部補(inspector)なのだが、直属の上司がイートン警視長だというのが引っかかる。警部補と警視長では4階級も違うのだが、もしかしてカーターはinspectorという階級を米国式に警視正の意味で使っているのではないだろうか。スコットランドヤードには存在しないはずのlieutenant*1が登場するあたりも怪しい。
 ブラントが面会するとシェンストーン伯爵は見るからに憔悴しきった様子で、エジプト探検の顛末を語った。秘中の秘とされる「失われたピラミッド」を伯爵と教授は見つけ出し、そこに埋葬されていたファラオ・コテップのミイラを英国に持ち帰ったのだが、そのピラミッドの在処が謎とされていたのには理由があった。コテップが崇拝していたのはエジプトの神々ではなくレムリアの邪神だったのだ。その名を混沌の帝王イアオ=タムンガゾスというが、後年のカーターならきっとナイアーラトテップやハスターやヨグ=ソトースを持ち出したことだろう。
 探検隊がピラミッドの中に入ると、壁にずらりと描かれているのは逆輪頭十字だった。死の象徴――といっても、アンクをひっくり返すと死の象徴になるというのが本当かどうか私は知らないのだが、識者の御意見を待ちたい。話を戻ると、ミイラ自体も変だった。普通なら内臓は壺に収めてミイラと一緒に埋葬するが、その壺がどこにも見当たらない。どうやら、このミイラは内臓を抜き取られていないらしい……。
 そんなこんなで探検隊はミイラを運び出したのだが、事故やら奇病やらで隊員が次々に死んでいく。キャリントン教授も博物館で喉を切り裂かれて殺され、おまけにミイラが行方不明になってしまった。その現場に居合わせた職員は狂乱しきっており、ミイラが起き上がって教授を殺すのを目撃したと証言するのだった。のっぴきならぬ事態だと判断したブラントは、旧知の間柄であるアントン=ザルナックに助けを求めることにした。
 ザルナック博士は開業医だったが、妻子を人狼に殺されたのをきっかけとして魔物との戦いに立ち上がったという。ハーフムーン通りにあるザルナックの住居をブラントとシェンストーン伯爵が訪問すると、彼の部屋は珍しい本や物品で一杯だった。プライス博士によると、ザルナックの部屋として描写されているのはカーター本人の部屋に他ならないそうだ。
 ミイラと一緒に埋葬されていた宝石「セトの星」を伯爵は携えていた。甦ったミイラの目的はセトの星を奪い返すことだとザルナックは指摘する。セトの星さえ手に入れば暗黒のファラオは昔日の絶大な魔力を取り戻し、再び地上に君臨できるのだ。ミイラが目指すのは、セトの星が保管されている伯爵の館。しかし、伯爵の姪であるアドリエンヌも館に向かっていたのだった……。
 後はザルナックとブラントが伯爵の姪や宝石をミイラ男から守って戦う場面が続く。ザルナックがセトの星を囮にしてミイラ男をおびき寄せ、魔法の粉末を燃やした炎の輪で封じこめようとするも、破れた窓から吹きこんできた暴風雨で火が消えてしまって窮地に陥るといった間抜けな一幕もあるが、どうにかこうにかミイラ男は滅ぼせた。後はブラントとアドリエンヌが結婚し、めでたしめでたし。
 いかにカーターの作品とはいえ、いささか若書きの感があることは否めない。それでもピラミッドを暴く序盤の場面はなかなか迫力があっていいのだが、これは序盤だけカーターが後から書き直しているからかもしれない。クトゥルー神話用語はまったく出てこないが、オカルト探偵アントン=ザルナックが初めて登場した作品であり、彼を通じて神話大系と関連づけられた形になっている。
 その後カーターはさらに2編ザルナック博士の話を書いた。その片方である「夢でたまたま」は『クトゥルーの子供たち』に収録されている。もうひとつは"Dead of Night"といってズシャコンの話だが、今のところ未訳だ。弊ブログでは8年前に粗筋だけ紹介したことがある。
byakhee.hatenablog.com

*1:米国では警部補に相当する。