閻魔対オカルト探偵
リン=カーターが創造したオカルト探偵アントン=ザルナックの物語を書き継いだ作家はロバート=プライスだけでなく、C.J.ヘンダースンもその一人だ。ただしヘンダースンの作品はプライスのそれと世界観を共有しているわけではなく、言うなればパラレルの関係にある。さらにヘンダースンはカーターその人の設定の一部を見直しているので、続編というよりはリメイクといった方がいいだろう。
ヘンダースンの"Admission of Weakness"は、ザルナック博士のリバーストリートへの到来から始まる物語である。ニューヨーク市ひいては人類を守るため、ギーセット教授という人物がリバーストリートの館に住んでいたのだが、彼が失踪してしまったのでザルナックが後釜に選ばれたのだ。ギーセット教授の住んでいた館にザルナックが行くと、従僕のシンが出迎えた。ザルナックはシンに対して居丈高に振る舞おうとするが、シンはザルナックの未熟さを見抜いて諭す。反省して謝るザルナック。
シンがザルナックに仕えるようになった経緯について、カーターの作品では「人虎に襲われているシンをザルナックが救ったため、シンは恩に報いるため忠誠を誓った」と説明されているのだが、ヘンダースンはこの設定を完全に無視し、ザルナックと対等な立場にある同志としてシンを描いている。またシンのファーストネームはカーターの作品ではラム、ロバート=プライスの作品ではアクバルなのだが、ヘンダースンはこの矛盾を解決するため彼のことをアクバル=ラム=シンと呼んでいる。
ザルナックが着任するなり事件があった。タクシーが運転手や乗客ごと高熱で溶かされてしまったのだ。警察には解決できそうにないので、ザルナックが呼ばれる。捜査の指揮を執っているのはソーナー警部補だが、人格者のギーセット教授と違って高慢なザルナックとはそりが合わない。
ザルナックはタクシーの残骸を検分し、これは閻魔という神の力によるものだと語る。閻魔は邪神じゃねえぞと突っこみを入れたくなった方もおられるだろうが、閻魔怪獣エンマーゴというのが「ウルトラマンタロウ」に出てきたから、それと似たようなものだと思うしかない。ザルナックによると、閻魔は古代レムリアではヤマスとして崇拝されていたそうだ。なおロバート=プライスはヤマスとクトゥグアを同一視している。
港に停泊している貨物船の中で、閻魔を招喚する儀式が行われている。未然に阻止しなければ、この世は焼き払われてしまうだろう。ソーナー警部補の率いる警官隊とザルナック博士は現場に急行するが、閻魔の力はあまりにもすさまじく、さすがのザルナックもたじたじとなってしまう。その時、ソーナーが閻魔に拳銃を向けて叫んだ。
「法の名において、貴様を逮捕する! 抵抗を止めろ!」
どう見てもアホだが、絶望的な状況でも戦いを止めようとしないソーナーを見たザルナックは勇気を取り戻し、招喚の儀式をかろうじて阻止した。ソーナーはザルナックの実力を認め、ザルナックはソーナーの勇気と正義感を見直す。そして閻魔の祭司がかぶっていた仮面は、戦利品としてザルナックの書斎の壁を飾ることになったのだった。
これがヘンダースンの新ザルナック・サーガの皮切りとなる作品なのだが、ザルナックも最初は弱かったのだという解釈がおもしろい。余談だが、カーターの書斎の壁には閻魔の面が実際に掛かっていたそうだ。その面がどうなったかというと「実は私の書斎の壁に掛かっているのです」とロバート=プライスは語っている。クトゥルー神話の継承と発展を象徴しているかのようで、これもおもしろい。