新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

夜に死す

 リン=カーターに"Dead of Night"という短編がある。オカルト探偵アントン=ザルナックを主役とする小説のひとつで、初出はCrypt of Cthulhu の54号(1988年復活祭号)だ。この作品には、ヘンリー=カットナーの創造した邪神ズシャコンが出てくる。
 ドンナ=テレサ=デ=リベラという名の令嬢がザルナック博士のもとを訪れ、叔父のドン=セバスチャンを助けてやってほしいと懇願する。ドン=セバスチャンとドンナ=テレサはカリフォルニアで1万エーカーもの広大な農場を経営していたが、ドン=セバスチャンは7年前に先住民族の霊廟を暴いて以来ひどく暗闇を怖れるようになった。彼は農場を売り払って姪と一緒にニューヨークへ引っ越し、家に閉じこもって片時も灯りを絶やさないようにしながら暮らしている。叔父は常に怯え続けており、7年間ですっかり老けこんでしまったとドンナ=テレサは語った。
 ドン=セバスチャンが暴いた霊廟には黒曜石の銘板が副葬されていた。その銘板を霊廟の外に持ち出したことにより、彼はズシャコンを解き放ってしまったのだ。ドン=セバスチャンが灯りを絶やさないようにしているのは、それがズシャコンを近寄らせない唯一の手段だからだった。ザルナックはドン=セバスチャンの屋敷に駆けつけるが、折しも暴風雨のために停電が起こり、電灯がすべて消えてしまった。たちまちズシャコンが顕現する。ザルナックは旧神の印を振り回して応戦したが、五芒星の放つ光をズシャコンは吸収してしまった。何でもいいから明かりが必要だ。切羽詰まったザルナックはクトゥグアの御名を唱えて炎の精を招喚し、急場をしのいだ。停電が終わって部屋が明るくなり、ズシャコンは退散したが、その時すでにドン=セバスチャンは息絶えていた。彼のすさまじい死顔を見た医師は「まるで恐怖のために死んだようですな」という。それを聞いてザルナックは「いや、夜のために死んだのですよ」と呟くのだった。
 せっかくクトゥグアの眷属がやってきたのに火事のひとつも起こらないあたりがカーターらしい。なお、ズシャコンはウボ=サスラの子であると『エンサイクロペディア・クトゥルフ』に書いてあるが、この設定はカーターがこしらえたものだ。カーターによると、ズシャコンの親に関する記述は『イオドの書』の原典にある。しかしジョウハン=ニーガスによる訳書からは削除されており、ザルナックも『無名祭祀書』で引用を読んだことがあるだけだという。してみるとフォン=ユンツトは『イオドの書』の完全版に接したことがあるのだろうが、彼がその機会をどこで得たのかは不明だ。

The Book of Iod (Cthulhu Cycle Books)

The Book of Iod (Cthulhu Cycle Books)

  • 作者:Kuttner, Henry
  • 発売日: 1995/09/01
  • メディア: ペーパーバック