新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

蛇神セト

 セトといえばエジプト神話の神だが、クトゥルー神話においては旧支配者の化身ということになっている。セトとして顕現する旧支配者はハスターだったりナイアーラトテップだったりイグだったり、作家によって解釈が異なるが、このように錯綜した状況になった経緯を簡単にまとめてみたい。
 セトがクトゥルー神話大系に導入される契機となったのはロバート=E=ハワードの「不死鳥の剣」である。かの蛮人コナンが初登場した記念すべき作品だ。実はヴァルーシアの大王カルを主役とする"By This Axe I Rule!"を焼き直した話なのだが、改稿に際してハワードは重要な神と人物を追加した。すなわち蛇神セトと、セトに仕える大魔道士トート=アモンである。ハワードによると、ハイボリア時代の一時期にセト信仰が世界を席巻したが、賢者エペミトレウスがその勢力を南方へと追いやり、わずかにスティギアでのみセトが崇拝され続けたという。セトという名前はエジプト神話からの借用だし、蛇の姿で顕現するというのもハワードの独創ではないが、クトゥルー神話作品においてセトの蛇神としての側面が強調されがちなのはハワードの影響が大きいだろう。
 「不死鳥の剣」自体は普通は神話作品と見なされないが、トート=アモンの所有していた「セトの指輪」をハワードは"The Haunter of the Ring"*1で再登場させている。これは現代を舞台とし、「われ埋葬にあたわず」のジョン=キロワンが邪悪な魔術師と対決するという話である。ここでセト神とクトゥルー神話との接点が生じた。なおリチャード=L=ティアニーによると、ローマ時代にセトの指輪がティベリウス帝の手に渡ったことがあるが、悪用されるのをシモン=マグスが防いだそうである。*2
 『マレウス・モンストロルム』ではセトはナイアーラトテップの化身ということになっている。同書のセトの項目にはティアニーの"The Worm of Urakhu"の一節が掲げてあるが、これは文脈を無視した引用であるように思われる。なぜならティアニーはセトをハスターの化身としているからである。おそらくエジプトといえばナイアーラトテップという連想から『マレウス・モンストロルム』では無貌の神をセトの正体として選び、ティアニー本来の設定は見落としたか、あるいは故意に無視したのだろう。悪いとはいわないが、ナイアーラトテップはあんなにたくさん化身を持っているのだから、ひとつくらいハスターに譲ってくれてもよかったのではないかと思わないでもない。
 シャノン=アペルはセトをイグの別名としている。*3こちらは蛇の姿に注目して関連づけたものだろう。最初にセトを旧支配者の化身としたのはティアニーなのだが、後続の作家たちには彼の設定を尊重する気がなかったように思われる。身も蓋もないことをいってしまえば、ティアニーにはダーレスやリン=カーターほど権威がなかったということになるだろうが、あるいはセトの由来がただ一柱の旧支配者であると考えることが誤っているのかもしれない。複数の旧支配者が習合し、セトという神が生まれたのかもしれないのである。