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シモン・マグスとクトゥルー神話 - 凡々ブログ
混沌の太鼓 - 凡々ブログ
 イエス=キリストによるヨグ=ソトース招喚の計画を阻止した後もシモンの冒険は続く。
 紀元34年、永遠の生命を渇望するローマ皇帝ティベリウスは、ナイアーラトテップに使える魔人メグロスを1万年の眠りから目覚めさせ、旭日の神ケプリの魂とされる不死鳥を彼に捕えさせようとする。メグロスと戦うための武器を必要とするシモンが手に入れたのは、伝説の勇者コナンが使っていた不死鳥の剣だった。その刃はぼろぼろに朽ち果て、ほとんど柄しか残っていない状態だったが、シモンがケプリの御名を唱えた途端、光り輝く刃が柄から伸びて剣が甦る。どう見てもライトセイバーだが、この話がスターウォーズから影響を受けていることはティアニー本人が認めているらしい。漆黒の鎧に身を包んだメグロスはダース=ヴェイダーそっくりである。またメグロスの配下にブボ=フェスティヌスというのがいるが、こいつの元ネタはボバ=フェットだそうだ。ともあれ、コナンの力と意志が乗り移ったかのようにシモンは奮戦し、メグロスを斃すことができた。
 シモンとティベリウス帝の因縁はその後も続いた。大魔道士トート=アモンの持っていた「セトの指輪」をシモンはティベリウスから奪おうとするのだが、その顛末は前に述べたことがある(参照)。不死鳥の剣にセトの指輪とロバート=E=ハワードゆかりの品々が相次いで登場し、ハワードに対するティアニーの傾倒ぶりが窺える。
 新帝カリギュラの怒りを買って指名手配されたシモンはリビアの砂漠を放浪し、トエリスと名乗る謎の美女と巡り会う。トエリスはシャッド=メルの巫女であり、自分と夫婦になってクトーニアンの卵を守るようシモンに求めるが、彼は拒絶する。テーベの知事アルゴニウスが派遣した歩兵隊がシャッド=メルの神殿に乱入してきてトエリスは命を落とすが、いまわの際に彼女が招喚したクトーニアンによって歩兵隊も全滅する。クトーニアンの高熱によって溶融した砂だけが後に残り、シモンは呆然としながら立ち去った。この話は一応ブライアン=ラムレイ公認ということになっている。
 ハワードとラムレイの次はロバート=ブロックの番である。シモンの新たな敵はテーベの知事アルゴニウスであり、彼は鰐神セベクの力を利用してローマ皇帝になろうとしていた。しかしプタハの大神官メノファルとシモンの知略により、アルゴニウス自身がセベクの犠牲となってしまう。なおブロックは「セベクの秘密」でメンフィスをセベク崇拝の地としているが、セベクがメンフィスで信仰されていたという史実はない。パルプ小説なのでブロックも適当なことを書いたのだろうが、その適当な記述をもっともらしく見せかけるためにティアニーは苦心している。
 ローマの百人隊長アエミリウスがシモンを知事殺害の下手人として逮捕しに来る。大ピラミッドの下に埋もれている財宝を手に入れるのを手伝えばシモンは見逃してやるとアエミリウスは大神官メノファルに取引を持ちかけ、メノファルはやむを得ず応じることにする。だがピラミッドの下にいたのは不滅の幽鬼と化したケフレン王であり、アエミリウスは哀れな最期を遂げることになった。これはラヴクラフト&フーディーニの「ファラオと共に幽閉されて」のパスティーシュであり、シモンがハリー=フーディーニよろしく縄抜けの術を使う場面もある。
 続いてシモンはカリギュラとの戦いにケリをつける。カリギュラティベリウスと同様に永遠の生命と権力を渇望しており、クトゥルーと旧神を同時に崇拝するなど狂気がだいぶ進行していた。大魔道士トート=アモンの著した『トートの書』をカリギュラが手に入れたことを知ったシモンとメノファルは宮殿に潜入して魔道書を焼き捨て、カリギュラは暗殺者たちの刃に斃れた。
 ユダヤ総督ピラトがサマリアで虐殺を行い、シモンの師父ドシテウスもその犠牲となった。師の仇としてピラトを追うシモンが突き止めたのは、生前のカリギュラが行った儀式のせいでピラトが吸血鬼と化したという事実だった。ピラトを持てあましたカリギュラは彼をスイスに送り、ピラトはそこで地元の人々を恐怖のどん底に陥れていた。シモンは蛇人間の助力を得てピラトを葬り去る。
 シモンはアヴェロニアに行き、アブホースと思われる存在に遭遇する。そのことはティアニーとグレン=ラーマンの合作"The Wedding of Sheila-Na-Gog"で語られているが、ネット上で無償公開されている作品なので、興味のある方はお読みいただきたい。ラヴクラフトの創造した「サドクアの猫」が登場する点が見所である(参照)。
 ローマ帝国と戦い続けてきたシモンだが、不惑を迎えて賢帝クラウディウスに仕えるようになった。人々からは大魔術師として尊敬され、今ではニルスという弟子もいる。なおニルスの本名はサトゥルニヌス、後にグノーシスの3代目教主となる人物である。ニルスを連れてフェニキアの都市ティルスを訪れたシモンは、メルカルトの祭司長マッタンがクトゥグアを招喚しようとしていることを知り、彼と対決することになる。大賢者ダラモスの口添えがあったため、神官長ペトリロルに率いられるダゴン教団も助太刀してくれ、深きものどもと炎の精の大乱闘という派手な場面が実現する。マッタンはクトゥルーによって海中に引きずりこまれ、ヘレンの生まれ変わりとされる少女とシモンが出会うところで物語は終わる。
 シモン=マグスの物語は以上である。この後ネロが登場し、さらにシモンと聖ペテロの邂逅があるはずなのだが、今のところティアニーは続きを書いていないようだ。人によって好き嫌いは分かれるかもしれないが、パルプ小説の愉悦を現代に甦らせてくれる作家として私はティアニーのことを評価している。