壁の中で叩く音
ダーレスに"A Knocking in the Wall"という短編がある。初出はウィアードテイルズの1951年7月号で、1976年にアーカムハウスから刊行されたDwellers in Darknessに収録された。その後、ピーター=ヘイニングが編集したPoltergeist: Tales of Deadly Ghostsに再録されている。
ホバート=マクレーンは50歳を少し過ぎた企業弁護士。念願の屋敷を郊外に買って引っ越したのはいいが、どこからともなくノックの音が聞こえてくることに気づいた。子供がいたずらで玄関のドアを叩いているのだろうと初めは思ったが、ノックの音は屋敷の壁の中から聞こえてくるのだった。
その晩もマクレーンは遅くまで仕事をしていたが、タイプライタで文書を作成している最中に奇怪なことが起こった。まったく関係ない文章を手が勝手に打ち出したのだ。
どうか、ひとつでいいからレンガを取り除いて、私を外に出してください。私はエリザベス=コッパー、キルバート=コッパーの妻です。1933年5月17日、夫が私に与えたグラス一杯の牛乳には毒が入っており、その後……
翌朝、マクレーンはその紙を秘書のジュリア=ベネットに見せた。働き過ぎだと説教されてしまうマクレーン。このときジュリアが「あなたは蝋燭の両端に火をつけてますよ」というのが少々おもしろい。まったく同じ忠告をラヴクラフトがダーレスにしたことがあるのだが、彼は「私には働くことしかできないのです」と返信している。*1
その後もノックの音は続いた。そしてマクレーンが手紙をしたためている最中に手が勝手に動き、エリザベス=コッパーと名乗る女性からのメッセージを書き綴る。毒を盛られて瀕死の彼女を夫は物置部屋に連れていき、壁にしつらえられた小型の収納庫に放置して外から煉瓦で塞いだというのだ。
やはり自分は過労で神経が参りかけているのだろうかと思ったマクレーンだったが、いつの間にかジュリアがエリザベス=コッパーのことを調べてくれていた。彼女が持ってきた1933年5月31日付の新聞記事には、キルバート=コッパーの夫人はニューヨークの駅で列車に乗りこんだところを夫に目撃されたのを最後に消息を絶っているとあった。
ジュリアはマクレーンの屋敷に泊まり、自分にもノックの音が聞こえたと告げる。ジュリアは物置部屋に行き、ハンマーと鏨で壁を壊しはじめる。煉瓦をひとつ取り除いた途端に一陣の風が吹き、「ありがとう」という声が聞こえたような気がした。マクレーンも手伝って壁を崩し続けると、隠されていた収納庫が露になり、そこには白骨死体があった。
2日後、ジュリアは新聞記事の切り抜きをマクレーンに差し出した。カナダで鉱山王キルバート=コッパーが扼殺されたことを報じる記事で、遺体の首に残っていた痕から判断するに犯人は女性だということだった……。
たわいのない話だが、ジュリアとマクレーンが二人で力を合わせて壁の煉瓦を崩す場面の描写がなかなかいい。ところで、ダーレスにも秘書はいた。アリス=コンガーという人で、ダーレスよりひとつ年上だったそうだ。
www.wiscnews.com
ダーレスとドナルド=ワンドレイが集めた膨大なラヴクラフトの書簡や原稿をタイプライタで清書したのは彼女だという。元々は学校の先生だったが、その職を辞してまでダーレスとともに仕事をする道を選んだという経歴の人物で、ダーレスの郷土文学は彼女のフィールドワークに多くを依っている。ダーレスとは苦楽を共にし、彼が愛人のもとに遊びに行くときは送迎まで引き受けていたとドロシー=M=グローブ=リタースキーのダーレス伝にある。
……けだしダーレスは果報者というべきだろう。
- 作者:Derleth, August William
- 発売日: 1976/12/01
- メディア: ハードカバー