新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

帰ってきたセーラ=パーセル

 ダーレスに"The Return of Sarah Purcell"という短編がある。初出はウィアードテイルズの1936年7月号で、その後Not Long for This Worldに収録された。
 セーラとエマのパーセル姉妹はずっと二人きりで暮らしていたが、姉のセーラが先に亡くなった。残されたエマの様子がおかしいというので、心配した姪のハンナが見に行く。エマはげっそりとやつれた様子で、自分の隠した人形をセーラが取り返しに来ると訴える。そして、今夜はぜひとも泊まっていってほしいとハンナにせがむのだった。
 ハンナが自分の母親に事情を問いただすと、エマがセーラにつらく当たっていたことがわかる。エマは良心の呵責に苦しめられているのだと思い、彼女の家に泊まることにしたハンナ。夜中に妙な物音を聞きつけて寝室の外に出ると、エマが廊下を這いずり回っていた。ハンナに気づいたエマは顔を上げて「人形が見つからないのよお~」という。
 エマの話によると、夜な夜なセーラの幽霊がやってきては、人形を返すよう迫るのだという。しかし人形をどこに隠したのか、エマ自身にも思い出せなくなっていた。ハンナは次の晩もエマの家に泊まっていくことにしたが、夜になるとエマはひどく怖がり、寝ようとしない。ハンナはエマをなだめすかして寝室に引き上げた。
 真夜中、またもや声がする。ハンナが見に行くと、エマは階段の踊り場で椅子の上に立ち、壁に掛かっている大きな肖像画を探っていた。肖像画の後ろから人形を取り出したエマは叫ぶ。
「ほら、ここにあるわよ。取りに来なさいよ……ああっ……押さないで!」
 エマは椅子から落ち、階段の下まで転落した。ハンナは慌てて駆け寄ったが、もうエマは事切れていた。その時、確かにセーラの声が聞こえたような気がして、ハンナは振り返った。二つの人影が窓の外に出て行く――人形と一緒に。ひとつはエマの、もうひとつはセーラの影だった。
 廊下を這いずり回るエマおばさんの描写が怖すぎるのだが、結末はいささか説明のしすぎという感がある。ダーレスに宛てた1931年8月10日付の手紙でラヴクラフトはこの作品を「すぐれている」と褒めながらも、自分ならもっと曖昧な書き方にすると提案した。
 なおラヴクラフトの書簡で言及されていることからわかるように、この作品は1931年にはもう完成していた。5年後まで発表されなかったのはファーンズワース=ライトが突っ返し続けていたからなのだが、ダーレスを励ますラヴクラフトの言葉が傑作なので紹介しておこう。
「しつこく粘れば奴の態度も変わるはずです。これまでもそうだったのですから」