新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

閉ざされた家

 ダーレスに"The Shuttered House"という短編がある。サック=プレーリーを舞台とした話だが、初出はウィアードテイルズの1937年4月号だ。"The Return of Andrew Bentley"*1や"Wild Grapes"*2と同じく、ダーレスの怪奇文学と郷土文学の交差点になる作品といえるだろう。
 作曲家のピーター=ジェプソンは姉妹*3のカーロッタを連れてサック=プレーリーに引っ越してきた。新居となる屋敷をピーターは一目で気に入ったが、不動産屋のバーチャー氏はその来歴を包み隠さずに説明した。屋敷を建てたジョサイア=ブレンドンは名うての守銭奴で、金貨を勘定しながら亡くなったという。彼の妻は絶対に外出することがなかった。二人の息子であるマークはエルヴァという女性と結婚したが、彼女は精神病院で死んだ。マークも奇行を繰り返すようになったので一時は入院していたが、退院した後は二度と自宅に戻ろうとせず、ずっとホテルで暮らしていた。彼が亡くなったのは、つい昨年のことだった。
「興味深いですね。それ以来、誰も住んでいないというわけですか?」
「それがですね」と不動産屋はいった。「若い男が1週間ばかり入居していたんですが、住んだうちには入らんでしょうなあ。おかしなことをいっていましたよ」
 誰かが自分の中に入りこもうとしていると青年は訴えていたというのだ。ピーターは意に介さず、その屋敷に住むことにした。ピーターとカーロッタは6月1日に引っ越したが、彼女は屋敷を気に入っておらず、湿っぽいし変な気配がするといった。それだけでなく庭には見慣れない男がいるし、金属の棒で拍子をとるような音がピーターの部屋から聞こえてきたそうだ。
「ところでピーター、昨日は『予言の鳥』を弾いていたみたいだけど、あんなに見事な演奏は何年ぶりかしらね」
 「予言の鳥」はロベルト=シューマンピアノ曲だが、ピーターは弾いた覚えなどなかった。どうも自分が自分ではないような気がして、先日などピーターのことをうっかりマークと呼びそうになったとカーロッタはいった。
 ピーターはカーロッタを診てもらうためにエヴァンス医師を呼んだ。彼女はかなり精神状態が悪化していると医師は指摘し、住居の影響だから自分なら今すぐにでも引っ越しますと述べる。ピーターは話題を変え、ブレンドン一家のことを質問した。ジョサイア老人の部屋は現在マークの寝室になっているそうだ。老人が金勘定の最中に死んだという話を思い出し、硬貨を数えるときは金属の棒で拍子をとるような音がするのではないかと考えるマーク。
「先生、エルヴァはピアノが弾けたんですか?」
「そりゃあ見事な腕前でしたよ。『予言の鳥』が得意でしてね」
 プロであるマークの演奏とカーロッタが聞き間違えたくらいだから、よほど上手だったのだろう。庭に佇む四つの人影をマークも目撃する。ゆっくりと家に近づいてくる彼らの先頭に立っているのは若い女性、白髪の若い男がその後に続き、しんがりは老人と老婦人の二人だった。マークの寝室から金属音が聞こえてくる。
 カーロッタに付き添っていた看護師が悲鳴を上げた。階段の上に現れた彼女は、カーロッタさんの様子が変ですとピーターに知らせる。ピーターがカーロッタの部屋に入ると、彼女は窓際に座りこんで庭を見つめていた。
「カーロッタ、そんなところにいたら風邪を引くよ」
「あれを片づけてくれたら」とカーロッタはいった。「もう塀が見えないし、庭も見えない――見えるのは雑草だけ、汚らしくて醜い雑草。それに、あの怖ろしい鎧戸がどこにでもあるの。ねえマーク、窓から鎧戸をどかして。いつも私の目の前で閉じている。片づけて!」
 マークは電話をかけに行く。庭に見える人影は三つ、若い男と老人と老婦人――若い女性はいなくなっていた。エルヴァは自分の部屋に戻ったのだ。そして階上の部屋から聞こえてくるのは半ばカーロッタ、半ばエルヴァの声だった。
「片づけて! 片づけて!」
 もうカーロッタはずっと鎧戸で閉じこめられているのだろう。遅きに失したと知りつつ、ピーターはエヴァンス先生に電話するのだった。
 幽霊屋敷の話なのだが、狂気のそもそもの原因はエルヴァ自身なのか、それとも家なのかが曖昧でもどかしい――と思ったら、まさにその点をラヴクラフトが1929年11月8日付のダーレス宛書簡で指摘していた。ただし雰囲気がすばらしいと同時に褒めている。ダーレスにとっては自信作だったらしく、自分の傑作選を編むとしたら"The Shuttered House"も収録したいと1931年10月12日付のラヴクラフト宛書簡で述べている。