働くことができない男、働くことしかできない男
ラヴクラフトが1934年1月8日頃に書いたダーレス宛の手紙から。
お医者さんが君に休養を勧めたとのこと、私は不思議には思いませんね! 君のような勢いで仕事をし続けることが生身の人間にどうして可能なのか、私には謎ですよ! どうか医者の助言を聞き入れてください――蝋燭の両端に火をつけて何になるというのですか? 焦って仕事をしすぎたところで何にもならないのですよ――なぜ急ぐのでしょう?
働き過ぎのダーレスを諫めるラヴクラフトの言葉「蝋燭の両端に火をつけて何になりますか」はなかなかの名言だと思うのだが、何か元ネタがあるのだろうか。ダーレスは1月10日付の手紙で次のように返事をしている。
仕事の量を減らせというラヴクラフトさんや医師の忠告に従うことができたらと思うのですが、そんなことはできません。返済すべき負債という厄介な重荷がなかったら、そうしていたことでしょう。すでに書いた本の稿料で負債はもうじき解消されるだろうということはわかっているのですが、少なくとも仕事はしなければなりません――私には働くことしかできないからです。
というわけで、当時のダーレスには何らかの借金があったようなのだが、原因は定かでない。遊興に耽るような性格とも思えないし、学費か何かだろうか。なお、このやりとりから数年後、ダーレスがアーカムハウスを創設するために大きな借金を背負うことになったのは皆様も御存じのとおりだ。
返すべき負債があったとはいえ、ダーレスの異常な仕事ぶりはむしろ彼の性格が大きいように思われる。どうもダーレスには仕事中毒の傾向があったようで、その生き方は晩年になっても変わることはなかった。そして最終的には働き過ぎで寿命を縮めたと惜しまれることになる。
パルプ作家としての収入だけでは不充分だったので、ダーレスは缶詰工場でアルバイトをしていた。*11934年8月6日の手紙でラヴクラフトは次のように述べている。
当座の生活費を稼ぐための手段として缶詰工場があるというのは羨ましい限りです。そういうものは私の地元には見当たりませんので。
貴族的・高踏的な態度を揶揄されがちなラヴクラフトだが、決して単純労働を厭っていたわけではなく、単に就職先が見つからなかっただけなのだろうということが窺える。最晩年のラヴクラフトの手紙には「経済的な余裕さえあれば、もっと頻繁に南へ旅行できるのですが」という記述もあり、彼の困窮ぶりが読み取れて痛ましい。
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辞書を引いたところ、蝋燭の両端に火をつける(burn the candle at both ends)というのは普通に使われる慣用表現らしい。