ブロックのラヴクラフト邸訪問記
ラヴクラフトがロバート=ブロックに宛てて書いた1936年8月12日付の手紙から。
The Planeteerの子たちから『ネクロノミコン』の翻訳を頼まれたのですが、いまは余裕がありません。コノヴァー(とても熱心で野心的な若者みたいですね)のために書かれた笑話には大いに啓発されるところがあり、その発表を確かに認可するものであります。
The Planeteerというのは当時ジェイムズ=ブリッシュが編集していたファンジン。結局ラヴクラフトが寄稿することはなかったのだが、後にブリッシュは自分の作品で『黄衣の王』を「引用」している。*1
ブロックがウィリス=コノヴァーのために書いてやった笑話は"A Visit with H. P. Lovecraft"といって、コノヴァーが編集していたScience-Fantasy Correspondentの1937年1-2月号に掲載された。題名からわかるように架空のラヴクラフト訪問記なのだが、HPLに会いたいという気持ちをこじらせた挙句の産物に見えて仕方がない。「……別に君は来てくれなくてもいいんですけど?」と冷ややかな顔をしたロバート=バーロウが言い放ったらどうしようと余計な心配をしたくなる。
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ISFDBではファンジンに掲載されたきりだったことになっているが、実はこれまたヒポカンパス=プレスから刊行されたラヴクラフトのブロック宛書簡集に付録として収録されている。精神病院での独白から始まり、ラヴクラフト邸の晩餐に招待された語り手がアーカムを訪れるという話だ。本物のラヴクラフトはプロヴィデンスに住んでいるのに行き先が違っており、早くも不安な気分にさせられる。
ラヴクラフトは吸血鬼だとか人狼だとかいう噂のある人物で、語り手が彼の家に着くとドアマット代わりに死体が使われていた。呼び鈴を鳴らすとドアが開き、ラヴクラフトが出迎えた。
H.P.ラヴクラフトは長く白いひげを生やした小柄な老人だった。実のところ、ひげ以外は何も見えなかったので、きっと老人なのだろうと推測したのだ。ひげは非常に大きく、彼を完全に覆い隠していたので、小柄な人なのだろうと思った次第だ。
本物のラヴクラフトは常時ひげをきちんと剃っている人だったそうだが、もはや突っこみが追いつかない。ひげは生まれたときから生えており、おかげで自分の顔を一度も見たことがないと語るラヴクラフト。
「最近は怖いのですよ。ひげを剃って、その下に何もなかったらどうしましょうねえ?」と彼はいった。「おなかが空いたでしょう、食堂は北のほうにあります」
北向きの廊下を歩いていくと、語り手は骸骨につまずきそうになった。
「これは何です?」
「ご心配なく、昼食の残り物です」
食堂に入って着席したものの、卓上には何も出ていなかった。
「あなた私を食事に呼んでくれたんじゃなかったんですか?」
「そうですよ。君が食事なんです」
ラヴクラフトと名乗っていたものがひげをどけると、ぎらぎらと光る長い牙が現れた。そいつは狂ったように笑いながら語り手を前足でひっつかみ、むさぼり食ってしまったのだった。
ブロックが19歳の時の作品ということになる。まさに人を食った話だが、これも一応クトゥルー神話小説といってしまっていいのだろうか。なお、この掌編の初出となったScience-Fantasy Correspondentの1937年1-2月号は米アマゾンで売られている。
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ラヴクラフトもコメントを寄せていたとあり、彼の言葉が引用されている。
……私が人間を生きたまま食べるのは日曜の夕食の時くらいで、それ以外ではめったにありません。一般的に人肉は調理済のほうが好きです。それに作家は食材としては概して避けるようにしています。痩せていて不味い傾向がありますから。
楽しそうだ。
Letters to Robert Bloch and Others
- 作者:Lovecraft, H P
- 発売日: 2015/07/18
- メディア: ペーパーバック