ダーレスは1927年からアルジャーノン=ブラックウッドと文通していた。ダーレスにとってブラックウッドはラヴクラフトやC.A.スミスに次いで重要な作家だったようで、1963年5月16日付のラムジー=キャンベル宛書簡で「アーカムハウスを立ち上げたとき、ブラックウッドの新作を出版してやると心に決めていたものです」と語っている。
1946年、ダーレスは満を持してブラックウッドの単行本をアーカムハウスから刊行した。また、同じ年に編纂したWho Knocks?には「ランニング・ウルフ」が収録されている。ダーレスはアンソロジーの現物と再録料をブラックウッドに送り、気前の良さで彼を喜ばせた。ラヴクラフトの作品に対する感想をついでに求められたブラックウッドは1946年6月10日付の手紙で返事をしている。
大宇宙に対する畏敬の念、仰々しい言葉を使うなら「宇宙的驚異」とでも申しましょうか――この驚異の感覚がない単なる恐怖には私は決して感動できません。ラヴクラフトの小説はとてもよく書けているし、真正の恐怖の素材を意のままに御すことができる作家なのに、どうして私の心に響いてこないのだろうかと自問しております。宇宙的なもの、霊的なもの、字義通りの「この世にあらざるもの」――そういう大きな提題と無関係に物質的な恐怖を積み上げすぎるきらいがあるからでしょうか? 腐敗であるとか墓場であるとか、あまりに即物的な細かい描写が過剰だと、私はどうも本能的に避けてしまうようです。
ブラックウッドがWho Knocks?の感想を述べたのだとすれば、収録されているのは「忌まれた家」だ。ラヴクラフトの代表作というわけでもないし、ダーレスはもっと別の作品をブラックウッドに読ませるべきだったのではないか。それにしても、こんなことをブラックウッドから言われたとラヴクラフトが知ったら泣いてしまうのではないか……と思ったのだが、実のところラヴクラフトはブラックウッドを無条件で崇拝しているわけではなかったので、意外と冷静に受け止めるかもしれない。
ラヴクラフトはブラックウッドを最高の怪奇作家と見なしていたが、1933年3月14日付のロバート=バーロウ宛書簡では彼の短所を指摘しており、それは「文章が下手」というものだった。ブラックウッドの作品が傑作たりえているのは卓越した着想で力押ししているからだとラヴクラフトは考えており、文章の手本にするならブラックウッドよりもマッケンだと1926年10月19日付の手紙でダーレスに助言している。技のマッケン、力のブラックウッドである。
また、ブラックウッドの作品はできばえにムラが大きいと1937年1月31日付のウィリス=コノヴァー宛書簡にあるが、だからこそ最低の駄作ではなく最高の傑作によって評価すべきだと同時に主張している。ダーレスが凡作を量産しているといわれたときもラヴクラフトは擁護しているが、時に傑作を書くことがあれば平均値には眼をつぶるという考えだったのだろう。
アーサー=マッケンとダンセイニ卿の著作は揃えているけれども、ブラックウッドの本は一冊も持っていないとラヴクラフトは1929年3月22日頃のダーレス宛書簡で意外なことを打ち明けている。ついつい図書館で間に合わせていたのだろう。ヒポカンパス=プレスから刊行されたラヴクラフトの蔵書目録にはブラックウッドの本が何冊も記載されているが、よく読むと「ダーレスからの贈物」と註釈があったりする。ダーレスがラヴクラフトにブラックウッドを布教していたとは、なかなか衝撃的な事実だ。
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