新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

アルティマーの護符

 ダーレスに"Altimer's Amulet"という短編がある。ウィアードテイルズの1941年5月号を初出とし、同年にアーカムハウスから刊行されたSomeone in the Darkに収録された。この本は読んだことがあるが、ただし私が持っているのは1978年にジョーヴから出たペーパーバック版だ。
 ブルックス=アルティマーは英国人の探検家。チベットの奥地にある寺院で大発見をし、意気揚々とロンドンに帰還したところだ。彼は戦利品の護符を学者たちに見せ、それを手に入れた経緯を得意げに語った。
 アルティマーは僧侶をひとり買収して寺院に忍びこんだ。「護符を持ち去ろうとしたら、寺院の裏手から信者が現れて飛びかかってきたんだが、持っていた武器で両手を切り落としてやったよ。わっはっは」などと吹聴するアルティマー。まったく良心の呵責を感じていないようだ。
 得意の絶頂にあるアルティマーだったが、彼のもとにチベットから小包が送られてくる。開けると人間の首が入っていた。アルティマーが護符を盗むために買収した僧侶の首だ。ただならぬことになったと悟ったアルティマーは、チベット学の権威であるリンデン=フレドラ卿に相談した。
「彼らに護符を返したまえ」とリンデン卿は忠告した。
 アルティマーは聞き入れようとしなかった。騎士になれるかもしれないというのに、探検の成果を手放すわけにはいかないのだ。
「死んでから爵位をもらったところでありがたくはあるまい?」とリンデン卿にいわれながら、アルティマーは帰宅した。夜になり、ネズミのようなものが床を這い回っているのを彼は目撃する。眼をこらすと、それは切り落とされた両手で、指を使って這い進んでいるのだった。
 再びリンデン卿と面会したアルティマー。「君が殺した人物は寺院の真の守護者だったに違いない。死してなお務めを果たそうとしているのだろう」とリンデン卿は述べた。
 大英博物館から護符が盗まれたとロンドン市警がアルティマーに連絡してきた。ネズミのようなものを見かけた以外は何の異常もなかったと警備員は証言しているそうだ。聴取に来る警官を震えながら待つアルティマーの耳に、カサコソという音が聞こえてきた。いつの間にか両手が部屋の中に侵入してきていたのだ……。
 ロンドン市警のウォーボーン警部補が到着したとき、アルティマーはすでに絶命していた。遺体の喉には長い爪の痕が残っていたということだ。訃報を聞いたリンデン卿はアルティマーのために長文を書いてやり、花輪を贈った。
 というわけで、ダーレスらしい勧善懲悪の物語だった。異文化を冒涜するやつと、子供を虐待するやつはダーレスの作品世界では必ず報いを受けるのだ。前述したとおり1941年に発表された小説なのだが、実際に執筆された時期は不明だ。同じ1941年に発表された「イタカ」*1が1931年には完成していたという事例もあり、執筆と発表の時期が大幅にずれていることもありうる。ただしラヴクラフト・ダーレス往復書簡集を見たところ、"Altimer's Amulet"が話題になった痕跡はなかった。
 異教の神殿から宝物を盗んだ西洋人が制裁されるという点ではロバート=E=ハワードの「屋根の上に」と同系統の話だが、アルティマーが略奪を行った寺院がチベット仏教のものだったのかは不明だ。確かチベットにはクトゥルー教の総本山もあったはずだが、そっちのほうではあるまいな。

Someone in the Dark

Someone in the Dark

  • メディア: マスマーケット

*1:当初の題名は"Death Walker"といった。ダーレスは原稿をゴーストストーリーズに送ったものの受理されず、書き直したものが「風に乗りて歩むもの」としてストレンジテイルズに掲載された。したがって「イタカ」は「風に乗りて歩むもの」のプロトタイプということになる。