新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

死者からの花束

 ラヴクラフトがロバート=ブロックに宛てて書いた1933年9月15日の書簡より。

"Lilies"を非常に興味深く拝読しました。この手の作品としては非常に優れたものだと本気で思います。こういう穏健な幽霊譚はとりわけダーレスの好みなんですよ。もちろん使い古された様式ではあります――でも、これからも常に形を少しずつ変えながら繰り返されていくことでしょう。ライトが受理しようとしなかったとは遺憾です――原稿を没にするのは奴の一番の趣味なんですけどね。ところで――称賛者の乙女を口車に乗せてタイピングの仕事をやらせるのであれば、次回からはダブルスペースにするように言ってあげてください。普通はダブルスペースの原稿でないと編集部が受け付けてくれないのです。

 プロ作家としての心得をブロックに伝授するラヴクラフト。ブライアン=ラムレイが原稿を初めてアーカムハウスに送ったときもシングルスペースだったというが、初心者が陥りがちな罠なのだろうか。「称賛者の乙女」が云々とあるのはラヴクラフトの冗談なのか、それとも本当に知り合いの女の子が原稿の清書を引き受けてくれたのか定かでないが、後者だとしたらブロックも隅に置けない。
 "Lilies"はウィアードテイルズに受理してもらえず、Marvel Talesの1934年冬季号が初出となった。余談だが、この号にはデイヴィッド=H=ケラーの「黄金の枝」も掲載された。ラヴクラフトは1934年11月19日付のドゥエイン=ライメル宛書簡で「黄金の枝」を「商業誌に受理されなかったとは驚きです」と称賛し、ブロックの作品も「あからさまにダーレスの模倣なのですが、まだ子供といっていい年頃で書いたものにしては悪くありません」と肯定的に評価している。
www.isfdb.org
 ISFDBには記載がないが、実はヒポカンパス=プレスから刊行されたラヴクラフトのブロック宛書簡集にも収録されている。しかし邦訳は未だにないので、粗筋を紹介させていただこう。
 語り手の一家は4階建てのアパートに住んでいた。3階で一人暮らしをしているハーン夫人は普段はずっと家の中で過ごしているが、土曜日だけは自動車で迎えに来た息子と一緒に外出し、夜になって帰宅すると野山の花々をたくさん語り手の母親にくれるのだった。
 10月下旬の土曜日、ハーン夫人はいつもと違ってなかなか姿を見せなかった。午後8時になって玄関の呼び鈴が鳴ると語り手の母親は大いに安堵し、ハーン夫人を出迎えて挨拶した。
「こんばんは、ハーンさん。今週もお出かけだったのですね?」
「いえ、今日は外には出なかったのですけど、息子がこの花をくれたものですから――よろしければどうぞ」
 母親は礼を述べつつ花束を受け取り、ハーン夫人は下の階に下りていった。だが、もらった花をよく見ると蝋で作られた造花だった。なお題名では"Lilies"となっているが、実際はcalla liliesすなわちオランダカイウだ。
 語り手の母親が途方に暮れていると、マンションの前に黒い霊柩車が止まった。車から降りてきた二人のうち、一人はハーン夫人の息子だ。彼は泣いていた。
「ええ、もちろん花は持ってきましたよ――」
 アパートから棺が運び出されたが、亡き老婦人の胸を飾っていた花束がなくなっていることには誰も気づかなかった。
 なんとなく高橋葉介っぽい感じのする掌編だが、確かにダーレスが気に入りそうだ。ブロックが初めて発表した小説ということになるが、どうやら原稿料は発生しなかったらしい。そのため、ウィアードテイルズの1935年1月号に掲載された「修道院の晩餐」を彼のデビュー作と見なすほうが一般的だろう。
 そこから単行本を出せるようになるまでには11年もの歳月が必要だったのだが、とにもかくにもブロックは作家としての第一歩を踏み出した。なおMarvel Talesはブロックの"The Madness of Lucian Gray"を掲載すると予告していたのだが、この作品は何らかの事情から発表されずじまいに終わった。*1

Letters to Robert Bloch and Others

Letters to Robert Bloch and Others

  • 作者:Lovecraft, H P
  • 発売日: 2015/07/18
  • メディア: ペーパーバック