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主にクトゥルー神話のことなど。

バーケットの12番目の死体

 The Fantasy Fanの1933年12月号にダーレスの"Birkett's Twelfth Corpse"が掲載されている。プロジェクト=グーテンベルクで公開されているが、邦訳がないので粗筋を紹介させていただこう。
www.gutenberg.org
 フレッド=バーケットとハンク=ブラムは長年にわたり、ウィスコンシン川で溺れ死んだ人間の亡骸を見つける腕前を競い合っていた。過去40年間に二人が発見した水死体の数はいずれも11と拮抗していたが、サック=プレーリーの住人たちの間ではバーケットのほうが好かれていたという。
 7月の暖かな晩にバッド=エンダーズが川で溺れ、サック=プレーリーの人々は20隻のボートを繰り出して捜索に当たったが、遺体を見つけたのはバーケットだった。「わしらが二人とも見つけるわけにはいかんからな。うまいほうが勝つと常々わしが言っていたとおりよ」とバーケットはブラムの前で得意げだった。
 他に誰もいないのを確かめたブラムはバーケットを川に突き落とし、オールで彼の側頭部を殴りつける。泳ぐのが得意でないバーケットはすぐに沈んでしまった。ブラムはわざとずぶ濡れになり、バーケットの舟が転覆したと大声で人々を呼んだ。自分は救助しようとしたのだが、バーケットがしがみついてくるので殴らなければならなかったというブラムの作り話に皆がすぐ納得するのが生々しい。溺れている者に迂闊に近寄れば抱きつかれて道連れにされかねないというのはソークシティでは常識だったのだろう。
 ブラムは人々から離れ、バーケットの沈んだ場所に向かっていった。その後で起きたことは曖昧だという。目撃者は大勢おり、月も出ていたのだが、ブラムの姿は影に飲まれて見えなかったからだ。いずれにせよ彼が溺れたことは確かで、助けを求める悲鳴が聞こえてきた。悲鳴は唐突に止み、誰かに口を塞がれたかのようだった。
 皆が急いで現場に行くと、2隻のボートが舟底を見せて漂っていた。バーケットとブラムの舟だ。バッド=エンダーズの遺体は川岸に打ち上げられたばかりで、その近くには半ば水没したバーケットとブラムもいた。
 ブラムは死んでいたが、彼の死因は溺死ではなく絞殺だった。人々が恐れおののきつつブラムを水から引き上げると、死んだバーケットの指がブラムの首を絞めていたという。こうしてバーケットは彼の12番目の死体を見つけたのだった。
 ダーレスはこの作品をウィアードテイルズに送ったが、受理されなかった。The Fantasy Fanに掲載されたときにラヴクラフトも読んでおり、1933年12月下旬のダーレス宛書簡で「大いに気に入りました。没にするとはライトの間抜け野郎らしいですね――あいつならそうするだろうと思いますよ」と述べている。
 この作品はストレンジストーリーズの1940年8月号に再掲され、その後Not Long for This Worldに収録されている。単行本ではストレンジストーリーズを初出としているので、もしや書き換えがあるのではないかと思って読み比べたところ、ブラムの名がハンクからルームに変わっていた。ストレンジストーリーズに載せるときに直したのだろうが、その意図は不明だ。
 というわけで単純素朴な死者の復讐譚なのだが、現実の水難事故から着想を得たものだとダーレスは1933年7月17日付のラヴクラフト宛書簡で解説している。事故は7月4日の午後9時に発生し、3人いた目撃者の一人はダーレス自身だった。他の2人が助けを呼びに行く間、ダーレスだけは動かずに橋の上で小説の構想を練っていたという。

川の真ん中で流れに呑まれてしまったからには、その少年を助けるすべはないとわかっていたからです。

 水遊びをする子供が溺れて命を落とすことに心を痛めた彼はボランティアで水泳教室を開き、事故を防ぐための指導に当たったという。*1その一方で、ひとたびウィスコンシン川の力に捕らわれてしまえば助からないという認識だったのだろうが、溺れている者を前にして少しも騒がないあたりにダーレスの冷徹な一面を垣間見る思いがする。