新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

闇の中の男

 ダーレスに"Man in the Dark"という短編がある。初出はストレンジストーリーズの1939年6月号で、その後Dwellers in Darknessに収録された。
 主人公は中年の英国人男性。ローラ=マンテスという若い女優と結婚したがっているが、友人たちの猛反対に遭っている。彼女は身持ちがよくないという噂があるし、歳が離れすぎているじゃないか……。困った主人公は、懇意にしているクロー主教に相談することにした。
 オールデンの駅で汽車を待つことになった主人公は、待合室で一人の男に出会う。その男は部屋の薄暗い片隅に座っており、「若すぎる奥さんをもらうもんじゃありませんなあ」などというのだった。彼の持っていた鞄の口が開き、そこから覗いたのは若い女性の顔だった。きっと仮面に違いないと自分に言い聞かせる主人公。男は手に縄を持ち、待合室から出て行く。主人公は後を追おうとしたが、姿を見失ってしまった。そして汽車がやってくる。男のことを気にしつつ、主人公は汽車に乗った。走り出した汽車の窓から見えたのは、待合室の天井からぶら下がっている男の姿だった。
 主人公がクロー主教のもとを訪れると、犯罪学を趣味とする主教は殺人犯の写真を机の上に並べているところだった。自分がオールデンの駅で出会った男がその写真に写っていることを知って、主人公は唖然とする。
「この男はマードックといって、自分の奥さんを殺したのですよ」と主教は説明する。「興味深い事件でした。うら若い妻の不貞を知って殺害し、遺体をばらばらに切り刻んだのです。奥さんの頭を鞄に入れて持ち歩いたといいます」
 オールデンの駅で警官隊に取り囲まれたマードックは、そこで首を吊って自殺した。主人公が駅で出会ったのは彼の幽霊だったのだ。あれは自分自身の未来の姿でもあるのだろうと思った主人公は、ローラ=マンテスとの結婚を断念した……。
 初出はストレンジストーリーズの1939年6月号。ダーレスが量産していた怪奇譚のひとつに過ぎないが、ちょっとした後日談がある。1948年10月の中旬、ダーレスが自宅でパーティーを催したときのことだ。ドロシー=M=グローブ=リタースキーのダーレス伝によると、サンドラ=ウィンターズという14歳の美少女がダーレスに近づき、自分と結婚してほしいとせがんだ。「君がもっと大人になったらね」とダーレスは返事をしたが、それから5年後の1953年にサンドラと実際に結婚している。サンドラはまだ十代、一方ダーレスは四十代になっていた。二人の間には一男一女が生まれたが、この結婚生活はうまく行かず、ダーレスとサンドラは1959年に離婚した。
 若すぎる奥さんをもらって失敗したのはダーレス自身だったわけだ。自分がかつて書いた小説のことを彼が思い出したか、私は知らない。