新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

謎の小箱の話

 引き続きThe Fantasy Fanの話だ。「オーガスト=ダーレスの怪奇傑作十選」が掲載された1934年6月号は「彼方より」と「ハイパーボリアの女神」の初出誌でもあった。さらに「文学における超自然の恐怖」が連載中と、なかなか充実した内容だ。
 この号にはロバート=バーロウの"The Little Box"も掲載されている。これは"Annals of the Jinns"と題する連作短編の第7話に当たるのだが、どんな話なのか粗筋を紹介させていただこう。なお原文はリンク先を御参照いただきたい。
diyhistory.lib.uiowa.edu
 ロスと呼ばれる惑星の第七都市に、フススという半蛮人が住んでいた。彼は若い頃ファルゴの掠奪者に捕まって人間動物園に入れられたのだが、その施設が世論の高まりに押されて廃止された後は都で鼻飾りを作る仕事をしていた。
 ある日、仕事の帰りに彼は質屋の店先で小箱を見かけ、持ち前の好奇心から1週間分の稼ぎをはたいて買い取ることにした。奇妙な彫刻が施され、ぴったりと蓋が閉まっている箱だった。
 彼は家に小箱を持ち帰ったが、こじ開けようとすると蓋に指をしたたか挟まれたので壁に投げつけた。蓋が外れて床に転がった小箱の中からはキイキイという声が聞こえてきた。
「――Aという刻印があるボタンを押すと装置が起動し、どこにいてもやってきます。これと似た箱を三つ製作中で、誰かの役に立つことを願っております。私の役には立ちませんでしたが」
 フススにはその言葉の意味は理解できなかったが、箱の中にボタンがあることはわかったので押してみた。しかし何も起こらず、失望した彼は小箱を窓から投げ捨ててしまった。
 彼はそれっきり小箱のことを忘れてしまったが、1000万マイル離れた場所では装置がまさに起動し、待望の召喚に応えるべく縛めを断ち切ろうとしていた。だが機体は厳重に拘束されていたので、その目的が果たされることはなかった。そしてリールの地の人々は御神体の身動きに恐れおののき、老人や異端者を生贄に捧げたという。
 なんだか星新一っぽい小話だ。"Annals of the Jinns"はThe Fantasy Fanに9話まで連載され、その後ドナルド=A=ウォルハイムが発行していたThe Phantagraphに第10話が掲載された。未発表の第11話を加えた完全版がEyes of the Godに収録されている。邦題をつけるとしたら「霊魔の年代記」といったところか。

Eyes of the God: The Weird Fiction and Poetry of R. H. Barlow

Eyes of the God: The Weird Fiction and Poetry of R. H. Barlow

 "The Little Box"は惑星ロスの話ということになっているが、ヤクシュすなわち海王星を物語の舞台にすることもバーロウは考えていたらしい。バーロウから相談を受けたクラーク=アシュトン=スミスは1934年9月10日付の手紙で次のように回答している。

君の「年代記」に登場する人たちのことですが、ヤクシュは彼らが住むには暗くて寒すぎる星だと思います。僕ならアンタノクにしておきます。アンタノクというのは粉々に砕け散って失われた惑星でして、小惑星帯はその名残です。彼らが人間に似ているのも、これで説明がつきます。なぜなら、古代には地球とアンタノクの間でいささか交流があったらしいからです。実際、現生人類はアンタノクからの移民の子孫だという説が無視されてはいるものの存在するほどです。ウルタールは御明察のとおりアヴェロワーニュとポワテムに隣接しています。ポワテムはやや北東、アヴェロワーニュは南西にあります。ヨンドのことですが、ダンセイニ卿の驚異の地から南へ何百リーグも行ったところにある国だと前に述べたことがあります。容易におわかりでしょうが、ヨンドは異星ではなく地球上にあり、ただ地図に載っている領域の彼方にあるのです。

Letter to Robert Barlow From Clark Ashton Smith on 10 September 1934

 興味深いことが書いてあるので、無関係な部分まで訳してしまった。天文学を生業としている方に教えてもらったことがあるが、アンタノクでも気温は-100℃くらいになるそうだ。どのみち過酷な環境には違いないが、こういうのはたぶん気分の問題なのだろう。アンタノクを舞台にした小説をスミスは自分でも書こうとしていたが、実現しなかった。*1