新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

絶対安全キノコ

 ダーレスがラムジー=キャンベルに宛てて書いた1962年5月11日付の書簡より。

1964年に刊行予定のアンソロジーをどうするか計画はあまり固まっていませんが、君の作品は必ず収録を検討させてもらいますよ。ですが第一に君の単行本です。そちらのほうが重要です。雑誌への掲載に挑戦するのは――ひとつには、ラヴクラフト風の作品に興味を示すところが昨今はほとんどありませんが、最終的にはFantasticを当たってみてもいいかもしれません。しかしながら君はまだ細かく書きすぎるきらいがあり、F誌に作品を受理してもらえるようになる前に矯正しておく必要があります。もちろん単行本が出れば編集者への宣伝になりますし、彼らも君の作品をもっと好意的な眼で見てくれるようになるでしょう……ちょうどドン=ワンドレイが到着したところです。10日ほど滞在し、一緒にキノコを採取してくれることになっています。彼はキノコ狩りが一番の趣味でして、ついでに私もそうです(私は水泳やハイキングも好きですけどね)。

 1964年のアンソロジーというのはOver the Edgeのことだろう。この本にはキャンベルの「呪われた石碑」が収録されている。
 毎年5月に仕事を休んでキノコ狩りに行くのはダーレスの習慣で、オーガスト=ダーレス協会の公式サイトにもその写真が掲載されている。ちなみに、そもそもはワンドレイの影響で始めたことだそうだ。
www.augustderleth.org
 リンク先の画像でダーレスが手に持っているのはアミガサタケだが、このキノコを題材にした短編小説を彼は書いている。Ellery Queen's Mystery Magazineの1949年12月号に掲載され、読者から題名を公募するという趣向だったため当初は無題だったが、Dwellers in Darknessに収録されたときは"Fool Proof"と題がついていた。有名な作品とは言いがたい掌編だが、An August Derleth Readerに再録されたものを私も読んだことがある。

An August Derleth Reader (Prairie Classics)

An August Derleth Reader (Prairie Classics)

 物語の主人公はエフレイム=ペック判事。ジョージ=トムソンという男が死亡し、判事はコンシダイン医師とともに現場へ出向く。一見したところジョージの死因は心臓発作だったが、台所にあった食べ残しを調べた判事は、彼がアミガサタケとシャグマアミガサタケを取り違えて食べたらしいと気づく。ともに食用となるキノコだが、後者は猛毒があるのだ。
en.wikipedia.orgen.wikipedia.org
 上がアミガサタケ、下がシャグマアミガサタケだが、普通は見間違えようがないだろう。まさしく"Fool Proof"だ。絶対に安全なキノコなどなく、間違えて毒キノコを食べる危険性は常にあるとコンシダイン医師は指摘するが、少なくともジョージはそこまで迂闊な人物ではなかったはずだというのがペック判事の見立てだった。すなわち、形状の識別が困難なほど潰したシャグマアミガサタケを誰かが料理の中に混入しておいたのだ……。
 ペック判事には実在のモデルがいる。ダーレスの親友だったジェイムズ=ヒル判事という人で、彼は1940年代に退職して弁護士となった後は長らくアーカムハウスの顧問を務めていた。叡智と慈愛に満ちた紳士であったヒル判事の人となりはペック判事に反映されているという。ただし"Fool Proof"におけるペック判事は、物証がないために逮捕できない真犯人を言葉の力だけでじわじわと追い詰めていく姿がとてもおっかない。
 余談だが、この掌編がEQMMに掲載されたときは"About the Sage of Sac Prairie"なる序文がついていた。書いたのはエラリー=クイーンで、彼とダーレスはベイカー街遊撃隊の同志――と私は思いこんでいたのだが、ダーレスが正式に入会したのは1971年になってからだそうだ。1962年に出版された100 Books by August Derlethではダーレスの所属団体としてベイカー街遊撃隊が挙げられているのだが、実は僭称だったということになる。だが誰も問題視せず、それどころか1940年代にエイドリアン=ドイルからの攻撃があったとき、反撃の中心にいたのはダーレスだった。*1ラヴクラフティアンとしてもシャーロキアンとしてもやりたい放題の男、それがダーレスである。