食屍鬼の哄笑
昨日の記事で紹介したように、アイオワ大学の図書館でThe Fantasy Fanが無償公開されている。1934年12月号に掲載されているロバート=ブロックの"The Laughter of a Ghoul"を読んでみた。余談だが、この号はラヴクラフトとドゥエイン=ライメルが合作した「アフラーの魔術」の初出でもある。
diyhistory.lib.uiowa.edu
非常に短い作品で、全部で1ページ半しかない。新妻が森の中で怖ろしい目に遭って廃人と化してしまった領主が語り手だ。彼が町に出かけている間に奥さんは森へ行き、日が暮れても帰ってこなかった。彼は森の中を捜し回って愛妻を発見したが、彼女はもはや口を利くこともできず、夫の顔も見分けられない様子だった。領主は妻の世話を召使いに任せ、20人の家来を引き連れて森に入っていった。
私にはすべきことがあり、滅するべきものがあった。その存在自体が正気を脅かすものを見つけてしまったのだから。肥大した木々は切り倒さなければならず、名もなき墳墓の深みからは蔓草を刈り払わなければならなかった。奇妙な穴は大きな石を積んで塞がねばならず、怪物じみた足跡の残る小道は善き主任司祭に祓ってもらわなければならなかった。他にも、灌木に覆い隠された洞窟が沼地にあり、何者かが棲み着いているという陰惨ながら過ちようのない証拠があった。その場所に私は独り立ち入り、我が先祖が東洋で振るった長剣にて務めを果たしたのだった。
はっきりとは書かれていないが、怪物は討ち取られたらしい。しかし奥方の容態が回復することはなかった。彼女は身籠もっており、森とその奇怪な住民について記された書物を夫が読みふけっているうちに出産の日を迎えた。牧神パンの笛の音を聞いた木こりの年代記を書斎で読んでいる領主のもとに産婆がやってきて、奥様が亡くなったと告げた。永遠とも思える5分の間、領主はその場で身動きしなかった。それから子供のことを訊ねると、死んだ母親と生きている赤子のいる部屋に産婆は無言で彼を連れていった。
そう、子供は生きていた。まだ生きていたが、もう何も言うまい。神よ願わくは、あのものに――そして、あのものを生み出した運命に――劫罰を与えたまえ! 死せる母親と生ける赤子が横たわるあの部屋に入ったとき、私は初めて食屍鬼の哄笑を聞いたのだから!
というわけで、奥さんが食屍鬼の子を産んだ男の話だった。発表されたのは1934年12月だが、ラヴクラフトは1933年6月9日付のブロック宛書簡でこの作品の感想を述べているので、遅くともブロックが16歳の時には完成していたことになる。当時のブロックの作品はほとんど失われてしまっているので、掌編とはいえ現存しているのは貴重だ。
ところで、人間の女性が食屍鬼の子を産む話といえばクラーク=アシュトン=スミスの「名もなき末裔」がある。当然ラヴクラフトもそのことは指摘したのだが、続けて次のように述べている。
もちろん中心的なテーマは以前にも使われたことがあります――ストレンジテイルズの1932年6月号に掲載されたクラーカシュ=トンの「名もなき末裔」のことは君も覚えておられるでしょう――君が選択したクライマックスはCASの作品とはまったく異なっていますし、非常に効果的な文章で仕上げています。末頼もしい作品ですよ――その調子でがんばって! "Sons of the Serpent"と"Nocturne Macabre"も読んでみたいですね。君のユーモアあふれる素描にもたいへん興味をそそられますが、こちらは私には真似できそうにありません。君自身の神話を先へ進めるのです――私の着想はダンセイニからの借り物だったのですから、君が何をしたって私よりひどいパクリにはなりませんよ!
ともすればスミスの稚拙な模倣として片づけられかねないところを言葉巧みに励ますあたり、やはりラヴクラフトは親切な人だ。だがブロックが作家として成長していく上では優しさが仇となりかねないことを知っていたから、ダーレスに彼を指導させることにしたのではないだろうか。*1
Letters to Robert Bloch and Others
- 作者:Lovecraft, H P
- 発売日: 2015/07/18
- メディア: ペーパーバック