新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

野ぶどう

 ラヴクラフトがダーレスに送った1934年7月16日付の手紙より。

ウィアードテイルズの7月号を読んだのですが、どこをとっても凡庸な内容で、過去最低の部類に入ると思います――それでも例外はありますが。君のブドウの話は見所がありますし、クラーカシュ=トンの「ヴィーナスの解放」もそうです。私が合作した代物が印刷されると、原稿だったときよりもますます嫌いになりますね――まったくもって、こんなのを自分の作品に数えたくないくらいです。

 ラヴクラフトの作品であることを否定されかかっている合作は「銀の鍵の門を超えて」だ。この手紙はアーカムハウスの書簡集にも収録されているが、「銀の鍵の門を超えて」をこき下ろしたくだりは省略されており、ダーレスがホフマン=プライスに気を遣ったのではないかと勘ぐりたくなる。
 だが、この頃のラヴクラフトは楽しくないことばかりではなかった。翌8月にジェイムズ=F=モートン*1が遊びに来てくれたのだ。二人は連れ立ってウォリックの海岸に出かけ、現地からダーレスに送られた葉書にはモートンも「暗黒にして未知のものより、拙く簡素ながらも挨拶の言葉を差し上げますじゃ」などと書きこんでいる。当時モートンは63歳、なかなかノリのいい爺さんだ。
 ウィアードテイルズの1934年7月号に話を戻す。ラヴクラフトが褒めた「ブドウの話」は題名を"Wild Grapes"といい、サック=プレーリーを舞台にした短編だ。その後Not Long for This Worldに収録されたが、邦訳はまだない。せっかくなので粗筋を紹介させていただこう。
 ルーク=アダムはおじのラルサを殺害し、その農場を乗っ取った男だ。ラルサの死体を埋めた上には野ブドウを植えて隠した。野ブドウなど育てても値打ちはないのにと近隣の住民はルークのことを笑いものにしたが、彼が殺人犯であるとは夢にも思っていないようだ。ラルサには放浪癖があり、ずっと行方不明になっていても不審がられることはなかった。
 夕暮れ時、ヨタカがやかましく鳴いていた。ヨタカが鳴くのは死者の魂を求めているからだと「ダニッチの怪」にあるが、ダーレスの作品でも同じ伝承が言及されている。生い茂った野ブドウを眺めていたルークは奇怪なことに気づいた。ラルサおじの死体を埋めたあたりに白いものが漂っているのだ。冷や汗をかきながら家の中に逃げこんだルークは、あれは死体の燐のせいに違いないと自分に言い聞かせて元気を取り戻した。
 ルークは白い影の正体を突き止めようと近づいたが、すると野ブドウの蔓が彼に襲いかかってきた。2日後、ルークの絞殺死体が発見される。彼が苦し紛れに蹴飛ばしたからか地面が掘り返され、埋めてあったラルサの死体が露出していた。サック=プレーリーの人々が掘り起こしたところ、その死体には野ブドウの根が幾重にも絡みついていたということだ……。
 死者の復讐譚なのだが、殺人犯の心理描写が物語のほとんどを占めている点が注目に値する。Not Long for This Worldに収録した作品は後々の世に残るようなものではないとダーレスは述べているが、"Wild Grapes"のことは1933年5月8日付のラヴクラフト宛書簡で「なかなかの秀作」と自画自賛している。ダーレスがもっとも力を入れていたのは人間を描くことであり、その点において満足のいく出来映えだったのだろう。

Through the Gates of the Silver Key

Through the Gates of the Silver Key

  • 発売日: 2018/03/01
  • メディア: MP3 ダウンロード