新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

世話を焼きたがる男

 「インスマスを覆う影」の原稿を読んだダーレスは、知り合いの画家に挿絵を描いてもらうことを思いついた。ラヴクラフトは1932年2月2日付の手紙で「自分は果報者だ」と感謝しつつ「出版のめどが立っていない作品に絵をつけるというのは気が早すぎないでしょうか?」と懸念を表明している。ダーレスは2月6日に返事をした。

心配は御無用です、絵を描いても報酬があるわけではないということは画家にきちんと知らせてありますから。来週の頭には絵ができあがりますので、そうしたら原稿を返送いたします。ですが「インスマス」を書き直さないならライトのところに送るべきだと私はやはり思うのです。やってみてもいいでしょうか?

 ずいぶん気前のいい友達がいたものだが、この画家というのはフランク=ユトパテルである。当時ユトパテルはダーレスと知り合ったばかりで、彼の家から3キロしか離れていない隣町に住んでいた。
 時は流れて1936年、ウィリアム=L=クロフォードが「インスマスを覆う影」の単行本を出版し、その表紙絵と挿絵を手がけたのはユトパテルだった。彼は4年前の絵をとっくに捨ててしまっていたため、新たに描き直す必要があったそうだが、ダーレスが取り持った縁ということになるだろう。この『インスマスを覆う影』はラヴクラフトの生前に刊行された唯一の単行本となったが、そこにはダーレスは間接的ながら関与していたわけだ。
 ラヴクラフトはユトパテルの絵をおおむね気に入っていたようで、1936年4月9日付のダーレス宛書簡では彼のことを「真の奇才の持ち主であり、ウィアードテイルズの常連画家でも彼に及ぶのはランキンくらい」と称賛した。またロバート=バーロウに宛てた手紙でも「ザドック爺さんにヒゲがないこと以外は完璧」「この本の取り柄といえるのはユトパテルの絵だけです」と述べている。
 話をダーレスに戻すが、ウィアードテイルズ以外の雑誌にも「インスマス」の原稿を売りこむべきだと考えた彼はストレンジテイルズの編集長ハリイ=ベイツに口を利いてあげている。さらに、タイプライタを打つのが苦手なラヴクラフトに代わって今後は自分が原稿を清書しようかと申し出た。「インスマスを覆う影」は2万2150語の作品で、それほどの長さがある原稿をタイプライタで清書するのはラヴクラフトにとっては相当な苦行だったはずだが、1分間に100語を打ったというダーレスにとっては4時間足らずの作業でしかない。
 挿絵の手配をしたり編集部と交渉したり、はたまた原稿の清書まで引き受けようとしたり、ダーレスが再三ラヴクラフトの世話を焼こうとしていたことが窺える。要はラヴクラフトが執筆に専念できるよう、一切の雑事を自分が肩代わりしようということだろう。タイプライタに関するダーレスの申し出に対して、ラヴクラフトは次のように返事をしている。

もしも無償でタイピングの仕事をしてくださるというのでしたら、ニューヨーク州バッファローにウィリアム=ラムレイなる奇人が住んでおりますので、彼の面倒を見てやってくれないでしょうか。ラムレイはタイプライタを持っておりませんので。

 ダーレスの動機はあくまでも「もっとラヴクラフトに小説を書いてほしい」ということだったはずなのだが、ラヴクラフトはそれを慈善事業と誤解したようだ。なお、後にラヴクラフトはラムレイのために「アロンソタイパーの日記」を代作している。