新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

失踪倶楽部綺譚

 1935年10月6日付のダーレス宛書簡でラヴクラフトはウィアードテイルズの1935年10月号の話をしている。

マッケンが再掲されているのが嬉しいですね――知名度の低い作品とはいえ、私はまったく読んだことがありませんでした。どの作品集に収録されているのでしょうか?

 ラヴクラフトが話題にしているアーサー=マッケンの作品は"The Lost Child"だとラヴクラフト・ダーレス往復書簡集の註釈にあるが、これは間違い。正しくは"The Lost Club"という。1890年に発表された作品であるため現在では公有に帰しており、SFFaudioで原文が無償公開されている。
PUBLIC DOMAIN PDF Page : SFFaudio
 というわけで読んでみたのだが、ごく短い作品だった。主人公はフィリップスという紳士。知り合いのオースティンにロンドンでばったり出くわした彼は一緒に食事をしてから街を散策するが、にわか雨に降られて立往生する。そのとき通りかかったのは、もう一人の知り合いであるウィリアムズだった。そういえば、このあたりにクラブがあるとウィリアムズから聞いたことがあったっけ――フィリップスはウィリアムズに声をかけ、そのクラブで雨宿りをさせてもらうことにした。
「いいけど、クラブで見聞きしたことは誰にも他言無用だよ」
 そういってウィリアムズが二人を案内したのは、非常に古くて大きな館だった。フィリップスはしばらくの間くつろぐが、クラブの会長であるダーティントン公爵がやがて登場した。イングランド最大の地主として有名な人物だ。会員たちを前にして、公爵は冷たい声でいった。
「諸君、規則は御存じですな。本の用意ができております。黒いページを開いた方の身柄は委員会と私にゆだねられることになります」
 2本の蝋燭の間に大きな本が置いてあり、会員たちは一人ずつ前に進み出ては当てずっぽうに開く。真っ黒なページを引き当ててしまったのは、これまたフィリップスの知り合いであるドービニーという人物だった。「それでは御同行いただきたい」と公爵はいい、蒼白になっているドービニーを連れていってしまう。フィリップスたちはウィリアムズに促されてクラブを去るが、オースティンが訊ねた。
「これは殺人ではないのかね?」
「いや、違うよ。ドービニー氏はこれから何年も生きられるはずだ。彼はただ姿を消すだけさ」
 3週間後、ドービニーの失踪を報じる記事が新聞に載った。フィリップスたちが例のクラブに行った8月16日から行方がわからなくなっているというのだ。意を決したフィリップスとオースティンはウィリアムズにクラブのことを問いただすが、ウィリアムズはいきなり笑い出して召使を呼んだ。自分も主人も8月はずっとエジプトのカイロに滞在していたと召使は説明し、ホテルの勘定書きを証拠として見せた。しかし、ドービニーの消息が明らかになることは二度となかった……。
 ロバート=ルイス=スティーヴンソンの「自殺クラブ」を彷彿とさせる内容だが、ウィリアムズ(に見えたもの)の「ドービニーは生きている」という言葉が後味の悪さを際立たせている。どうということのない話なのだが、それでもラヴクラフトが喜んでいるあたりにマッケンへの愛着が窺える。余談だが、ウィアードテイルズの同じ号にはC.L.ムーアの「冷たい灰色の神」も掲載された。この作品のこともラヴクラフトは「良い」と褒めている。