昨日の記事でママタス&プラットの"The Dude Who Collected Lovecraft"を紹介したが、ティム=プラット単独でのクトゥルー神話小説としては"Cinderlands"がある。2010年にThe Drabblecastで発表された短編で、現在も無料で視聴することが可能だ。
www.drabblecast.org
主人公はデクスター=ウェストという35歳の教師。高校で歴史を教えている。彼を放火魔と誤認した警官に暴力を振るわれたために市から賠償金を受け取り、そのお金で家を新しく買って移り住んだところだ。ところが、彼の新居はかつて謎の一族が不審な活動に使っていたという曰く付きの物件だった。何が行われていたのか近隣の住民は言葉を濁したが、その家の周辺まで忌避されているらしく、空き家が目立った。
デクスターは庭で野菜や果物を育てようとしたが、麦わら帽子をかぶった老人が現れて反対する。その土地はかつて「灰捨て場」として使われており、土壌が汚染されているというのだ。試しに少し土を掘ってみればわかると老人はいい、デクスターがそのとおりにしたところ、古びた汚らしい金物がやたらと出てきた。なるほど、これでは園芸を楽しむ気にもなれない。デクスターはもっと詳しいことを訊ねようとしたが、もう老人の姿は見当たらなかった。
大勢のネズミが駆け抜けていくような音が送水管の中からしきりに聞こえてくる。あまりの騒々しさに辛抱しきれなくなったデクスターは、どうせ使われていないのだからと送水管を壊すことにした。送水管からどっと飛び出してきたネズミどもは、ぬらぬら暗緑色に光るできものが首と頭部にあった。しかも、そのできものには眼があり、腫瘍というよりは寄生生物のようだ。ネズミの大群は一斉に逃げていったが、デクスターから遠ざかれば遠ざかるほど大きく見えるという奇怪な現象が生じ、庭から出ていく頃には馬ほどの大きさになっていた。無数のネズミが宵闇の中に消えていくのを呆然と見送るデクスター。
こうしてネズミはいなくなったが、不可解な謎は残った。奴らは送水管の中に住んでいたわけではないだろうとデクスターは考える。むしろ通り抜けていっただけ、何かから逃げている最中だったようだ――何に追われていたのだ? デクスターはネズミたちと同じように走り出す。裏庭の塀のところには例の老人が立っており、首を振っていたが、その顔は闇に紛れて見えなかった。デクスターがいくら駆けても塀には辿りつけず、必死に走れば走るほど老人の姿は遠ざかっていくようだった。後ろから何かが迫ってくるが、もう逃げられない……。
短い作品だが、徐々に高まっていく不気味な雰囲気がうまく描写されている。すっきりした読みやすい英文で、なんとなくジョゼフ=ペイン=ブレナンを連想させるところもあった。プラットの作品はSFマガジンにいくつか掲載されたことがあるようだが、これは未訳。なおThe Book of Cthulhuに収録されている。このアンソロジーの収録作はエリザベス=ベアの「ショゴス開花」やT.E.D.クラインの「角笛を持つ影」など我が国でもなじみ深い話が多いのだが、シェリー=プリーストの"Bad Sushi"*1などの未訳作品も読める。いまなら電子書籍で安く買えるようだ。
The Book of Cthulhu (English Edition)
- 作者:Lockhart, Ross
- 発売日: 2011/09/01
- メディア: Kindle版