新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

シャープス銃の小夜曲

 ロバート=E=ハワードに"Sharp's Gun Serenade"という短編がある。ブレッキンリッジ=エルキンズという山男が主人公で、初出はアクションストーリーズの1937年1月号。現在は公有に帰しており、プロジェクト=グーテンベルク=オーストラリアやウィキソースで無償公開されている。
gutenberg.net.au
 エルキンズによる一人称で語られている話なのだが、いささか訛りがきつい。セリフどころか地の文まで訛っているので、英語を母語としない身には少々つらい。prettyがpurtyになり、scaredがscairtになるといった具合だ。繰り返すが、セリフではなく地の文である。
 気を取り直して読み進めると、ある日ジャックはジャック=スプレイグという若者に道で出会う。ジャックは何やら思い詰めた表情をしており、手にはロープを持っている。ビル=グラントンが後から追いかけてきて、ジャックはどっちに行ったかとエルキンズに訊ねた。
「あいつは失恋したばかりでな」とビルは説明した。「首を吊りたがってるんだ」
「それでロープを持ってたのか。やつの好きなようにさせてやったらどうだ?」
「正気じゃないときは、友達が面倒を見てやらなきゃいかん。それに、俺はあいつに6ドル貸したままだしな」
 エルキンズとビルはジャックに追いついた。ジャックは今まさに首をくくろうとしているところだ。二人はジャックに気づかれないように忍び寄ろうとするが、エルキンズは藪の中のクーガーをうっかり踏んづけてしまった。暴れ出したクーガーにエルキンズが気をとられている隙に、ジャックは首を吊ってしまう。
 エルキンズとビルは慌ててジャックを助けた。介抱しているうちにジャックはどうにか息を吹き返したが、一向に感謝していない。そのとき、茂みの中で物音がした。クーガーが舞い戻ってきたのだと思ったエルキンズは拳銃を抜き、狙いをつけて発砲する。
「おい、俺だよ!」
 そこにいたのはジョシュア=ブラックストンだった。町の女教師に言い寄られたので、ここ1カ月ばかり山の中に逃げこんでいたのだ。あの先生なら3週間前にアリゾナへ行ったぞとビルはジョシュアを安心させた。新しく赴任してきたデヴォン先生は若いし美人だと聞くなり、うちの山にも学校が必要ではないかなどと言い出すエルキンズ。
 死にたがっているジャックを木の幹にくくりつけて、エルキンズたち3人は町に向かった。折しも町ではデヴォン先生を歓迎する式典の最中だ。ところがエルキンズはクーガーに服を破かれて裸に近い格好、ビルもエルキンズの愛馬と一悶着あったので服がぼろぼろだった。エルキンズたちをならず者と勘違いした町の連中が銃を持って追いかけ回し、大乱闘が始まる。デヴォン先生の乗った馬車をエルキンズは乱闘の最中にちゃっかり乗っ取ってしまう。
 デヴォン先生は確かに若くて美人だった。得体の知れない奴らが急に現れたので怯えているが、エルキンズは努めて礼儀正しい態度で話しかける。
「私どもは教育の欠如に心を痛めておるのです。どうか私どもの学校の先生になっていただけないでしょうか?」
 体のいい人さらいではないかと突っ込みを入れたくなるが、エルキンズは意気揚々としている。彼はジャックの縄を解いて「先生を送っていって差し上げろ。俺たちも後で行くから」と言いつけた。ところがエルキンズたちが落ち合おうとしたところ、ジャックもデヴォン先生も約束の場所にはいなかった。ジャックの残していった書き置きには「デヴォン嬢はここでの教職を辞退したいそうだ。彼女と俺は結婚することにしたよ」と記されていた。首を吊ろうとしている奴が今後いても、俺は絶対に止めないぞとエルキンズは忌々しげに叫ぶのだった。
 単細胞のエルキンズがドタバタを繰り広げ、結局は失敗に終わるギャグ小説だ。ハワードはこのシリーズを1934年から発表しはじめ、実に26もの短編に加えて長編をひとつ書いている。しかし邦訳はひとつもなく、そしてハワードとラヴクラフトの文通で話題になった痕跡もない。怪奇幻想とはあまりにも方向性が違うのでハワードが言及を避けたのかと思いきや、かの有名な「アッシュールバニパルの焔」も話題になっていない。こちらは作者の生前には未発表だったので、ハワードの側から持ち出さない限りラヴクラフトはその存在に気づきようがないのだが、どうもハワードは自分の作品の話をするのを恥ずかしがっていたようだ。書き上げた原稿を片端からラヴクラフトに送りつけていたダーレスとは大違いである。
 ラヴクラフトに作品を褒めてもらえると嬉しがるくせに、自分から話題にしようとはしなかったハワードだが、彼との論争はためらわなかった。論題がムッソリーニエチオピア侵略であろうと、はたまた近所の猫の喧嘩*1であろうと超長文で大真面目に反駁するのだ。ラヴクラフトと意見が食い違うとき、さらっと流して次の話題に進んだダーレスとはこの点でも好対照だと思う。