新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

そこにいるのは

 ベイジル=コッパーに"Out There"という未訳の短編がある。1999年にフェドガン&ブレマーから刊行されたWhispers in the Nightを初出とする作品で、ジェイムズ=アンビュールにいわせると「シャフト・ナンバー247」の続編だそうだ。*1こちらは邦訳があり、『真ク・リトル・リトル神話大系』に収録されている。

新編 真ク・リトル・リトル神話大系〈6〉

新編 真ク・リトル・リトル神話大系〈6〉

  • 作者:S. キング
  • 発売日: 2009/01/01
  • メディア: 単行本
 「シャフト・ナンバー247」はなかなか謎めいた作品で、New Tales of the Cthulhu Mythosが初出なのに神話用語がまったく出てこない。クトゥルー神話のアンソロジーに収録されたという事実のみをもって、神話作品であることが担保されているという特殊な小説だ。もっともハーラン=エリスンの「大理石の上に」などはギリシア神話をモチーフにした作品であるにもかかわらずCthulhu 2000に収録されているので、似たような例はそんなに珍しくないのかもしれない。
Cthulhu 2000: Stories (English Edition)

Cthulhu 2000: Stories (English Edition)

 話が脱線してしまったが、「シャフト・ナンバー247」の粗筋を以下に引用させていただく。

坑道監視主任ドリスコルは、ウェインライトの様子がおかしいことに気づいていた。神経質に何回もシャフトが異常ではないかと報告してくる。二年前、ディームズが消えたときから、ウェインライトは徐々に精神の平行を失いかけているようだ。ドリスコルはそれを報告していなかったのだが、カールソンや坑道親方ホートがすでに知っていて、ウェインライトを厳重な監視下に置いていることがわかると、不審におもう。ドリスコルはウェインライトを訪ねて、シャフト・ナンバー247でディームズがいなくなったときの話を聞いた。

新編 真ク・リトル・リトル神話大系 6 | uruyaの日記 | スラド

 坑道監視主任というと鉱山で働いているように聞こえるかもしれないが、原文では"Captain of the Watch"となっており、私なら「警備隊長」とでも訳すところだ。この作品における人類は地下に引きこもっており、地上付近の地区では常に監視の眼を光らせている。あるいは旧支配者の眷属に地上世界を乗っ取られてしまったのかもしれないが、その辺の経緯はまったく語られていない。結局ウェインライトは失踪し、ドリスコルも地上に出て行こうとしているところで物語は終わっているのだが、詳しいことは実際に真クリをお読みいただきたい。
 そこで、続編だともいわれている"Out There"である。題名となっている言葉は「シャフト・ナンバー247」でドリスコルが何度も口にしていたので、いかにも関連性がありそうだ。だがドリスコルやウェインライトの運命が語られることはなく、XK24という別の監視基地が舞台になっている。ワトソンという新人がXK24の警備隊に配属されるところから物語は始まるが、彼が一応この話の主人公ということになる。
 地上は絶えず霧に覆われた沼地と化し、どういうわけか大気まで稀薄になっているらしい。警備隊の仕事に励むワトソンはエレイン=ラッセルという美女と知り合う。エレインは具体的に何の仕事を担当しているのか謎だが、政府の中枢から派遣されてきたという噂もある人物だった。
 ワトソンが業務に慣れた頃、基地内で惨劇が発生した。映写技術主任のカーターが殺害され、肉塊となって発見されたのだ。肉塊というのは穏やかな言い方で、より正確には肉と内臓が大まかな立方体の形になっていた。この事件は基地司令のキャメロンと彼の片腕たるジョナス、そして第一発見者であるエレインだけの秘密とされ、カーターは別の基地に異動したと発表された。強い精神的衝撃を受けたエレインはしばらく休職し、何も知らないワトソンはワインとチョコレートを持って見舞いに行く。エレインはワトソンと親密になり、厳重な監視下に封印されている「記憶装置」*2を使わせてくれたりする。二人はとうとう肉体関係に至るのだった。
 一方、キャメロンとジョナスはカーター殺害事件の善後策を協議していた。地上を徘徊しているものどもが基地に侵入して凶行に及んだというのがキャメロンの見解だった。彼らは自由に姿形を変えることができ、隊員の中に紛れこんでいるに違いないというのだが、ジョン=W=キャンベルの「遊星からの物体X」みたいな話だ。折しも大統領が視察に来ることになり、のっぴきならなくなった基地司令は地上に偵察を派遣することに決める。エレインと付き合いはじめたことで気が大きくなったのか、ワトソンは志願した。
 潜水服のようなスーツを着て地上に出たワトソンは、基地から2マイル離れたところまで歩いて行き、その後は円弧を描いて歩きながら状況を把握することになっていた。巨大なナメクジのような怪物や、ヒキガエルのような頭が二つあるやつに沼地で遭遇したワトソンは命からがら基地に引き返す。
 偵察は成功だったと見なされ、ワトソンは最上級の勲章を大統領から贈られる。基地のすぐそばまで怪物が迫っていることを知って、キャメロンは奥の手を使うことにした。遙か昔、人類が地下に引きこもる前に沼地一帯に地雷を埋設していたのだ。その地雷を起動させれば沼地を吹き飛ばし、怪物を一掃できるはずだった。
 大統領を迎えて盛大に式典が執り行われた。大統領が起爆装置のボタンを押したとき、エレインが双頭の怪物の正体を現す。いつの間にかワトソンも怪物と入れ替わっていた。怪物たちは霧をカモフラージュとして地雷を密かに移動させ、地下都市と地上を隔てるチタンの扉を爆破するよう仕込んでいたのだ。もうじき怪物が雪崩れこんできて、人類は永久に彼らの奴隷となるだろう……。
 Darkness, Mist and Shadowの3巻に再録されているのを読んでみたのだが、人類破滅エンドだった。なお地上の怪物は核戦争によって生まれたミュータントであり、彼らが地下都市を攻撃する動機は自分たちを見捨てた者への復讐だった。意外なことに謎がすべて解明されてしまったが、これでは最初からクトゥルー神話とは何の関係もない世界観だったということになりかねない。本当に「シャフト・ナンバー247」の続編として書いたのかコッパーに問い合わせてみたいところだが、もはや叶わない。改めて彼の冥福を祈る。

*1:Google グループ

*2:人間の潜在意識を映像化する装置。