新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

荒野の下に

 ブライアン=ラムレイの「大いなる帰還」という短編が『真ク・リトル・リトル神話大系』(国書刊行会)に収録されている。自分がボクラグの一員であることを知った主人公ロバート=クラグがヨークシャーの地下の都に帰っていくという話だが、この作品を基にして書かれた長編がBeneath the Moors だ。
 ラムレイによると、ボクラグはハイボリア時代に地球に降り立った種族の名前である。伝承では月から来たことになっているが、本当はもっと遠い世界の出身だという。つまり彼らはボクラグ星人とでも呼ぶべき存在なのだ。ボクラグを神として崇める種族もおり、それがスーン=ハーである。
 ボクラグは勇猛なキンメリア人との衝突を避けて地底にル=イブの都を築いた。姉妹都市イブの滅亡後もル=イブは存続し、ボクラグとスーン=ハーがそこで暮らしている。ボクラグには高度な科学・技術があるらしく、ショゴスを無害化することもできた。無害化されたショゴスは空中を浮遊しながら蛍のように発光するので、陽が射さないル=イブで光源として使われている。余談だが、ショゴスとウボ=サスラは同じ存在であるという説がここで披露されている。
 Beneath the Moors のほとんどはエワート=マスターズ教授の口を通して語られ、途中に「大いなる帰還」が挿入されている。ヨークシャーの古代文明に興味を覚えた教授はクラグの手記に辿りつくが、彼が姿を消した場所を実際に見に行って急流に転落し、地下の世界に漂着する。教授の前にボクラグが姿を現し、彼をル=イブに連れていった。
 イブを人間に滅ぼされた恨みをスーン=ハーは忘れていないが、ボクラグはマスターズ教授に危害を加えようとはせず、彼の暮らす洞窟に魚を持ってきてくれる。人間の口に合うよう調理済だが、たぶんボクラグが自分で料理しているのだろう。結構いい神様のようだが、もしかして以前クラグだった個体だろうか。
 一方、地上では人間が開発のために工事を行っていた。爆破の影響で洪水が発生し、どさくさに紛れて地上に戻った教授は甥のジェイソン=マスターズに引き取られる。教授はすっかり錯乱しており、自分がまだル=イブにいると思いこんでいた。しかもル=イブやボクラグを自らの妄想の産物と見なしているという非常にややこしい状態だ。
 ジェイソンは自分でもクラグ失踪事件のことを調べてみるが、捜査を担当していたイアンソン警部補も姿を消していた。警部補の容貌はクラグのそれに酷似していたという。また同胞が2人ばかりオークディーン療養所に収容されているとクラグは「大いなる帰還」で語っているが、彼らも脱走していた。みんなル=イブへ行ったのだろう。そしてジェイソンが帰宅すると、マスターズ教授もいなくなっていた。ボクラグが来て連れ戻したのだ。親切な連中ではあるが、秘密を知った人間はル=イブに留まるしかないらしい。
 この長編はアーカムハウスから刊行された後なかなか復刊されず、しばらく幻の作品と化していたが、現在はペーパーバックで手軽に読める。いい時代になったものだ。なおラムレイはリン=カーターから旧支配者ムノムクアを借用したことがあるが、ボクラグがムノムクアに仕えるというカーターの設定は無視している。

Beneath the Moors and Darker Places

Beneath the Moors and Darker Places