ダーレスに宛てた1939年4月21日付の手紙でC.A.スミスが次のように述べている。
ラヴクラフト作品集第1巻の収録内容について提案したいことが一つか二つあります。「奥津城」と「死体安置所にて」のどちらかを収録するのであれば、僕としては「死体安置所にて」を選びたいところです。そちらのほうが物語として力強いからですが、「奥津城」にも長所や興味深い点は確かにあるでしょう。「異次元の色彩」を神話作品のグループに疑義を呈したいのですが、なぜなら作中で侵入してくるものは未知なる宇宙の力でしかないからです。超自然の存在には分類できませんし、何なら生物ですらないでしょう。むしろ、その他のニューイングランド物語に含めてしまったほうがしっくり来るのではないでしょうか。しかしながら「異次元の色彩」が手許にないものですから、自分の受けた印象を確認することはできておりません。ところで「異次元の色彩」というのは文学に対するラヴクラフトの貢献を端的に言い表すものであり、作品集の表題にふさわしいように思われます。もちろん、この目的なら「アウトサイダー」も好適でしょうが。
ここでスミスが話題にしているのは2年後にアーカムハウスから刊行されるThe Outsider and Othersで、「奥津城」と「死体安置所にて」は両方とも収録されている。一方「異次元の色彩」を表題にするという案は採用されなかった。「アウトサイダー」を表題とした理由について、ダーレスはThirty Years of Arkham Houseで語っている。
なぜなら「アウトサイダー」はラヴクラフトがもっとも気に入っていた作品であるばかりでなく、ラヴクラフト自身が彼の時代にあってはアウトサイダーだったからだ。
ラヴクラフトがアウトサイダーであったことをダーレスは強調したがっているが、彼のいうアウトサイダーは「この世に居場所を見出せない人」程度の意味でしかなかったのだろう。しかし1975年にスプレイグ=ディ=キャンプがラヴクラフトの伝記を発表した頃には、この言葉には変な色がついていたように思われる。ディ=キャンプのラヴクラフトでは全部で19の章から構成されており、各章の題名は次の通りだ。
- カレッジヒル
- 曲がった枝
- 夜鬼
- 損なわれし天才
- 憑かれた家
- 素人超人
- 無益なる戦士
- 幽霊紳士
- 確かなる夢想家
- 内気な恋人
- バビロンのドン=キホーテ
- 蛇の巣の砲手
- クトゥルー降臨
- 服従拒否の伴侶
- 気ままなる玄人
- 当惑の詩人
- 妨げられし思想家
- 消えゆく灯火
- 死後の勝利
ラヴクラフトという人物をディ=キャンプがどのように捉えているか、章題だけ見れば大体の見当がついてしまうだろう。ついでに、青年時代のラヴクラフトについてディ=キャンプが述べたくだりを同書からちょっと引用してみる。
高校を中退し、生活費を稼ぐこともできないラヴクラフトは、自分が学生としても社会人としても落伍したことを痛切に感じていた。ラヴクラフトはブラウン大学の天文台に通うのをやめた。学生として、さらには自分の夢であった天文学の教授としてではなく、よそ者として天文台にいることに耐えられなかったからだ。そんな彼にアーリア人種主義はあつらえ向きだった。個人として秀でたところがなくとも、優秀な種族に属してはいるといえたからだ。
晩年のラヴクラフトは若い頃の偏見や思いこみを捨て去り、より成熟した人間になったともディ=キャンプは記している。つまりディ=キャンプのラヴクラフト伝は一種の成長物語なのだが、単純に読み物として見ればS.T.ヨシのラヴクラフト伝よりおもしろいかもしれない。だが伝記として信用できるかどうかは、それとは別の話だ。
ラヴクラフトに対する固定観念をディ=キャンプが作り出したというよりは、すでに存在していた固定観念を基に彼のラヴクラフト伝が書かれたというべきなのかもしれない。いずれにせよ、ラヴクラフトはアウトサイダーであったというときのアウトサイダーは「社会の落伍者」を含意するようになっていた。
ラヴクラフトを落伍者呼ばわりするのが妥当かどうかという議論にはここでは立ち入らないが、元々アウトサイダーは落伍者と同義ではなかったということは指摘しておきたい。では、ダーレスはいかなる意図があってアウトサイダーなる言葉を使ったのか。コリン=ウィルソンが"A Touch of Tragedy"でダーレスを論じた言葉を見てみたい。ダーレスはアーカム派のどの作家よりも遙かに高いレベルにあったとしつつ、ウィルソンは次のように評している。
それでも、ダーレスが選び取った生き方に私は一抹の哀しみを感じた。青年時代のダーレスの著作はシンクレア=ルイスから激賞されている。ダーレスは多年にわたってラヴクラフトと文通し、作家であるということにロマンチックな思い入れがあったように思われる。そのような作家にとって、現代の米国は到底ふさわしい場所とは言いがたい。反響を巻き起こしたければ大都市に住み、世間の熾烈な競争を観察して「社会の観察者」たらねばならない。思うに、ダーレスはもっと前の時代に属する人物だった。ブルックファームの超越主義者たちと交流すれば幸せになれる人だったのだろう。ダーレスは19世紀に、開拓者たちの時代に、ソローやエマーソンやホイットマンといった人たちに確かな郷愁を感じていた。彼が愛していたのはシャーロック=ホームズ物語の霧深い雰囲気であり、ラヴクラフトのダニッチやアーカムに渦巻く霞だった。生来より故郷を愛しながら、ダーレスはどこか現代にそぐわないところがあった。
ダーレスの哀しみと孤独を指摘しているが、ダーレス自身にもそのような認識があったのではないか。すなわちダーレスは自己を一種のアウトサイダーと見なしていたからこそ、共感をこめてラヴクラフトをアウトサイダーと呼んだのだろう。しかし一人は落伍者と見なされ、もう一人は高みに昇った人と見なされて、彼らの間にあった共感はなかなか注目されることもなかったのだった。
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