新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

七風の都

 『マレウス・モンストロルム』(以下マレモンと略す)に載っている「風の子ら」はハスターかイタカの眷属だろうと思いきや独立種族ということになっているのだが、この設定はおそらく来歴に理由があるのだろう。出典となったのはジョゼフ=ペイン=ブレナンの"City of the Seven Winds"だが、この短編は1973年にアーカムハウスから刊行されたStories of Darkness and Dreadに収録されたきりとなっている。昨日の記事で紹介した"The Willow Platform"が今でも手軽に読めるのと対照的だ。

Stories of Darkness and Dread

Stories of Darkness and Dread

 いつ、どこで起きたことなのか正確に教えてくれとはいわないでください。当時の私は酒浸りになっていることが多かったので、地理に関する記憶が曖昧なのです。ただ第二次世界大戦終結の数年後で、シリア付近の砂漠を旅している最中だったことは覚えています――と無名の語り手が回想しているところから"City of the Seven Winds"は始まる。
 行く手に街の灯りが見えているにもかかわらず、駱駝使いの男は先に進もうとしなかった。砂漠で野宿する気のない語り手は駱駝使いを置き去りにし、独りで歩いていく。街に近づくにつれて風が強まっていったが、奇妙なことに砂塵はほとんど飛んでいなかった。
 やがて語り手は街に辿り着き、宿屋とおぼしき建物を見つけて中に入った。建物の1階は酒場になっており、彼はとりあえず酒を注文して飲みはじめる。酒瓶を半分ほど空にしたとき、ノームを思わせる風貌の老人が近づいてきて彼の肩を叩き、一緒に飲まないかと誘った。老人はたいそう博識だったが、アトランティスが海中に没したのが去年であるかのような話し方をするのだった。
 酒瓶が空っぽになると、自分の家に泊まるよう老人は語り手に勧める。猛烈な風が吹きすさぶ中を老人の家に連れて行かれた語り手は琥珀色の液体を振る舞われるが、相手の態度にうさんくさいものを感じていた彼は、老人がよそ見をした隙にコップの中身をこっそり捨ててしまった。案の定、老人は自分では琥珀色の液体をほとんど飲もうとしなかった。
 老人は語り手を塔の上に案内し、窓の外を見せる。そこにいたのは「宇宙の果てからやってきたかのような怪物、名状しがたい混沌の神の譫妄の産物」だった。老人はその怪物たちを「風の子ら」と呼び、街は生贄を捧げることによって彼らを鎮めているのだと語る。老人は語り手を生贄にしようとするが、彼は老人を殴り倒して窓を開け放った。すさまじい叫喚を背後に聞きながら語り手は階段を駆け下りていった。死に物狂いで走って街を脱出した彼は、街がかすかにしか見えないところまで来ると力尽きて砂漠に倒れた。
 彼が意識を取り戻すと夜が明けるところで、そばに駱駝使いが屈みこんでいた。彼は昨夜の体験を駱駝使いに語る。
「生きて七風の都から逃れたとは!」と駱駝使いは叫んだ。「旦那は千人に一人のお方です!」
 語り手は立ち上がって辺りを見回したが、おぼろに見えるはずの街はどこにもなかった。
「こんな遠くまで走ってきたはずがない。君が私を駱駝に乗せて、ここまで連れてきてくれたのかね?」
「いま旦那が寝ておられたところで、わっしは旦那を見つけたんで」
「じゃあ、君のいう七風の都はどこにあるんだ?」
 駱駝使いは地平線の彼方を指さした。
「あそこに――どこかに。奴らは意のままに街を見えなくできるんです。時の始まりから街はあそこにあったんで!」
 駱駝使いが言うには、七風の街は魔術師の住処なのだった。語り手はさらに問う。風は東西南北から吹く四つしかないのに、七つの風とはどういうことだろうか? 駱駝使いは答えた。
「四つは地上の風、三つの地獄の風です!」
 この台詞はさほど意外なものではないが、実際に作品を読むと非常に効果的なものに感じられる。うまく説明できないが、すべてがたちまち腑に落ちたと感じたのだ。風つながりでいえば、白土三平の「たまかぜ」で年老いた忍者が秘術の名の由来を述べる場面があり、やはり同じ感覚を味わった。おそらく卓越した作家だけが使える技なのだろう。
忍法秘話(4)

忍法秘話(4)

 悪くない作品なのだが、"City of the Seven Winds"にはクトゥルー神話大系との接点は皆無であり、したがって神話作品とは見なしがたい。マレモンにおいて風の子らが他の神話存在と関わりを持たないとされているのも、そのことを踏まえているのかもしれない。また原作を知らなくてもゲームに支障はないのだが、それとは関係なくブレナンの小説を読んで七風の都に思いを馳せるのも楽しいことではないだろうか。