ファーストネームを捨てた人、ミドルネームを捨てた人
森瀬繚さんが曰く――
#cthulhujp 僕がしつこく「A・W・ダーレス」表記を用いるのは、「ダーレスが善悪二元論を持ち込んだ」式の古臭い人物像から切り離す意図もありますが、それ以上にHPLが書簡中でしばしば「A・W」と書いたことによります。HPLにとって、彼は「オーガスト・W・ダーレス」でした。
— 森瀬 繚@『グラーキの黙示』第3巻クラファン中! (@Molice) 2017年8月6日
「ラヴクラフト・サークル」においてラヴクラフトがHPLと呼ばれるように、ダーレスはAWDと呼ばれていた。しかし彼はある時期からミドルネームを使わず、オーガスト=ダーレスと名乗るようになる。いかなる理由があったのか。 Letters to Arkhamはヒポカンパス=プレスから刊行されたダーレスとラムジー=キャンベルの往復書簡集である。題名はLetters from Arkhamとしてほしいところだが、編者であるS.T.ヨシにとってはキャンベルが主役なのだろう。それはさておき、この書簡集に収録されている1962年2月27日付のキャンベル宛書簡でダーレスは次のように述べている。
私も君くらいの年頃にはミドルネームの頭文字をたいそう重要なものと考えていました。当時はオーガスト=W=ダーレスと名乗っていたのです。成長するにつれて、作品を発表するなら名前は短いほうがよいということを理解するようになりました――読者が覚えやすいからです――そこでWは捨ててしまいました。残しておいても邪魔なだけでしょう! ですが当時は祖父のオーガスト=ダーレスが存命だったので、区別するためには必要だろうと考え直しました。その祖父も1943年に亡くなりましたけどね。
ISFDBを見ると、確かに1943年以降はオーガスト=W=ダーレス名義の作品が激減している。*1ラヴクラフトから親しくAWDと呼んでもらった思い出よりも、読者に名前を覚えさせやすいという実利を優先させるあたりがダーレスらしい。また「オーガスト」も「ダーレス」も怪奇作家にふさわしい響きだという指摘があるが、*2あるいはダーレスもそのことを意識しており、比較的ありふれたウィリアムを自分の名から外したのだろうか。
キャンベルの本名はジョン=ラムジー=キャンベルという。ダーレスはミドルネームを捨てたが、キャンベルにはファーストネームを捨ててラムジー=キャンベルと名乗るよう勧めている。これにはSF界の大立者であったジョン=W=キャンベルと混同されないようにするという意図もあったのだが、ずいぶん思い切ったことをさせるものだ。当初キャンベルは難色を示したが、結局はダーレスの助言に従ったのだった。