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主にクトゥルー神話のことなど。

「クトゥルー神話」事始

 「クトゥルー神話」なる用語はダーレスが考案したものであり、ラヴクラフトは使ったことがないというS.T.ヨシらの説は本当に正しいのかと考察する記事を森瀬繚さんのブログで読める。
molice.hatenadiary.org
 ラヴクラフトが「狂気の山脈にて」の執筆に際して作成した覚書には"Cthulhu & other myth"と書いてあり、これこそが「クトゥルー神話」の起源なのではないかと森瀬さんは論じている。こういう指摘は海外では見かけたことがなかったのだが、最近になってジョン=D=ハーフェレのA Look Behind the Derleth Mythos で同様の主張がなされた。

A Look Behind the Derleth Mythos: Origins of the "Cthulhu Mythos"

A Look Behind the Derleth Mythos: Origins of the "Cthulhu Mythos"

 ドン=ヘロンがハーフェレ本人の承諾を得た上で当該の主張を紹介しているので、ご興味のある方は参照されたい。
www.donherron.com
 ハーフェレが反例として挙げた史料は森瀬さんとは異なり、ラヴクラフトがロバート=バーロウに宛てて書いた1931年7月13日付の手紙である。当時ラヴクラフトはバーロウと知り合ったばかりだったが、この手紙には"Cthulhu & his myth-cycle"(クトゥルーと彼の神話群)という言葉が出てくる。クトゥルーを神話大系の代表と見なす考え方が1930年代の初め頃にはラヴクラフトと愉快な仲間たちの間で何となく定着していたのだろう。
 ちなみに、このバーロウ宛書簡はアーカムハウスの書簡集には収録されておらず、タンパ大学出版会から刊行されたO Fortunate Floridian: H. P. Lovecraft's Letters to R. H. Barlow でしか読むことができない。この本を編集したのは例によってS.T.ヨシとデイヴィッド=E=シュルツなのだが、ヨシの説に反駁するためにヨシの本が使われるという光景もおなじみのものだ。それだけヨシが公正で克己的な人物であるということなのだと思う。