新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ラヴクラフトの父親が勤めていた会社

 ラヴクラフトの父親が銀器のセールスマンだったというのはよく知られた話だが、彼が勤めていたのはおそらくゴーハムだろうとS.T.ヨシが指摘している。ゴーハムは1831年にプロヴィデンスで創業された銀器メーカーで、老舗として名高い。
【 Gorham 】ゴーハム ネコのオーナメント シルバー アンティーク・ヴィンテージ(ブロカント) - La Maison du Chat Noir|ラ・メゾン・デュ・シャノワール
 話は変わって、ジェイムズ=ウォーレン=トーマスという学生がブラウン大学にいた。ラヴクラフトをテーマにした論文で1950年に修士号を取得した人物なのだが、その修士論文を書籍として出版しようと考えたトーマスはアーカムハウスに許可を求めている。
 しかしトーマスの論文はラヴクラフトの人となりを歪め、惰弱で無責任な引きこもりの差別主義者として描いているというのがダーレスの見解だった。この時、そんな偏向した論文は闇に葬るべきだとロバート=ブロックがダーレスに進言したとドロシー=M=グローブ=リタースキーのダーレス伝にある。斜に構えているように見えるブロックだが、ラヴクラフトが絡んだ途端にやばい人と化してしまうようだ。*1
 出版を差し止めるべきだという意見にドナルド=ワンドレイやロバート=バーロウも賛同したため、結局トーマスの論文は世に出ずじまいだった。その後トーマスがどうなったのか気になっていたのだが、1990年に刊行されたブラウン大学の同窓会報に彼の訃報が掲載されているのを見つけた。
Brown alumni monthly : Brown University : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive
 テキストロンの傘下に入ったゴーハムで1980年から87年まで社長を務めていたとある。というわけで、ラヴクラフト論を書いたトーマスの勤め先はラヴクラフトの父親の勤め先でもあったということになり、奇妙な因縁があるのだった。