新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

黄金の牙

 スティーヴ=ハリソンというダーティヒーローが活躍する作品をロバート=E=ハワードはいくつか書いているが、私の知る限り邦訳は全然ない。興味を覚える人がいるかもしれないので、そのシリーズに属する"Fangs of Gold"を紹介させていただこう。初出はストレンジディテクティブ=ストーリーズの1934年2月号、現在は公有に帰しているので原文をウィキソースで読める。
en.wikisource.org
 中国系の老人を肉切り包丁で殺害し、その全財産である1万ドルを奪った男をハリソンは追いかけているところだった。老人の孫娘のために1万ドルを取り返してやらなければならない。なおハリソンは"detective"であるということになっているが、刑事なのか私立探偵なのかは判然としない。元々は警察に勤めていたが、型破りな捜査のやり過ぎで警察をクビになったので探偵事務所を開業したのではないかという説もある。
 ハリソンは大陸を半分ばかり横断し、とうとう犯人を沼地に追い詰めた。踏みこむのは朝になってからの方がいいと案内人のロジャースは主張するが、ハリソンは彼を急き立てる。ハイチからの難民が沼地の中に集落を作っており、その長はセリア=ポンポロイという女性だ。また「沼猫」と呼ばれる怪人も住み着いているということだった。
 沼地へと通じる道をハリソンとロジャースが歩いて行くと、血まみれの男が横たわっていた。ロジャースの知り合いのジョン=コーリーという逃亡犯だ。彼はナイフで刺されており、もう虫の息だった。
「誰にやられたんだ?」とロジャースは訊ねた。
「沼猫だよ!」とコーリーは答えた。「俺は沼地の外に逃げようとしたんだ」
「どうしてだ? おまえ、逮捕されたら牢屋に入れられちまうんだろ?」
「牢屋に入る方がましだからだよ……」
「どういうことだ?」
ヴードゥーの儀式だ……奴らは俺の代わりを手に入れたんだが……それでも俺を放してはくれなかったんでな……」
 そう言い残すと、二人の見ている前でコーリーは息を引き取った。「俺の代わり」というのは、ハリソンが追いかけている殺人犯に違いない。ロジャースが止めるのも聞かず、ハリソンは独りで沼地に乗りこんでいった。
 ハリソンが進んでいくと、セリア=ポンポロイなる人物の住処とおぼしき小屋が行く手に見えてきた。ハリソンはドアを叩く。出てきたのはセリア=ポンポロイではなく、きちんとした身なりの男だった。男はジョン=バーソロミューと名乗り、セリア=ポンポロイは3週間前に死んだと説明する。
 夜の沼地は危険だから、今夜はここに泊まっていくといいとジョン=バーソロミューは申し出た。案内された寝室でハリソンは1万ドルの札束を見つける。ハリソンが追っている殺人犯が持っていたものに違いない。彼も同じ部屋に泊まり、ジョン=バーソロミューと称する男の犠牲になったのだ。今頃はもう殺された後か、どこかに監禁されているのか、いずれにせよジョン=バーソロミューがよからぬことを企てているのは確かだった。
 ジョン=バーソロミューは手下を集めてハリソンを襲わせようとするが、ハリソンは機先を制して彼らに拳銃を突きつけた。小屋から脱出したハリソンを沼猫が襲う。ハリソンは拳銃で反撃し、ワニがうようよしている水の中に沼猫は転落した。ジョン=バーソロミューの手下たちがハリソンを追いかけてきたが、沼猫が引きちぎったハリソンの外套が水面に浮いているのを見て、彼が死んだものと思いこむ。
 ハリソンは気づかれないように小屋まで戻り、ジョン=バーソロミューを監視した。手に大きな鞭を持ったジョン=バーソロミューがこっそりと出てきたので、ハリソンは後をつけることにする。ジョン=バーソロミューはしばらく歩き、木々の直中にほとんど埋もれかけている別の小屋に入っていった。小屋の中からは話し声が聞こえてくるが、ハリソンが耳をそばだてても聞き取ることはできない。だがジョン=バーソロミューが鞭を振るっているのはわかった。
 奴は殺人犯の男を監禁して拷問し、1万ドルの隠し場所を聞き出そうとしているに違いない。人目を避けながら行動しているのは、手下に分け前を渡したくないからだろう──とハリソンは推測する。ジョン=バーソロミューが立ち去った後でハリソンは小屋の中に踏み込んだが、そこにいたのは縛られた若い娘だった。死んだはずのセリア=ポンポロイである。集落の長だというから婆さんかと思っていたら実は美少女だったという結構ありがちな展開だ。
 ジョン=バーソロミューはサントドミンゴから来た男で、集落の宝を奪おうとしているのだとセリアはハリソンに語る。集落の宝というのは「大蛇の心臓」と呼ばれる巨大な宝石で、難民たちがハイチから脱出するときに携えてきたものだった。その在処を知っているのは祭司であるセリアだけなので、ジョン=バーソロミューは彼女を監禁し、いたぶり続けていたのだ。
 我々が生贄として蛇神に捧げるものは鶏だけだが、30年以上も前は人間が生贄にされていたとセリアは述べた。人間を生贄とする特別な儀式の時だけ「大蛇の心臓」が秘密の場所から取り出されることになっているので、ジョン=バーソロミューは沼地の人々をたぶらかし、その儀式を復活させることにした。「大蛇の心臓」さえ手に入れば、儀式をほったらかして逃げてしまおうという腹づもりだ。セリアが協力を拒んだので宝石の在処はわからなかったが、今さら儀式をやらないわけにはいかない。殺人犯の男が生贄として殺される予定だった。
 今夜が儀式の晩だとセリアはいう。ハリソンはセリアを連れて儀式の現場に駆けつけた。今まさに生贄が殺されようとしているところだ。ものすごい形相で現れた娘を見て、セリア様が地獄から蘇ってきたと恐れおののく人々。
「いかにも私は地獄から戻ってきた。ジョン=バーソロミューをそこに送るためにな!」そう叫ぶなり、セリアはジョン=バーソロミューに天誅を加えた。ハワードらしく、かっこいい場面である。
 沼地の人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまい、後にはハリソンと殺人犯の男だけが取り残された。ハリソンは殺人犯を逮捕しようとするが、彼は何とか逃げようと沼に飛びこみ、ワニの餌食になってしまった。
 まあ仕方ない。電気椅子に座らされるよりは、この死に方をした方が奴の親族に迷惑がかからないというものだ。何もかも明るみに出してセリアを法廷に引っ張り出すには忍びないし、とりあえず1万ドルは取り戻すことができた。そして俺は温かな寝床とステーキにありつける──と考えながらハリソンは去っていった。