新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

サタンの下僕

 ロバート=ブロックに"Satan's Servants"という短編がある。初出は1949年にアーカムハウスから刊行されたSomething About Cats and Other Piecesだが、執筆されたのは1935年だ。この作品をウィアードテイルズが受理しなかったことを知ったラヴクラフトは、1935年2月下旬から3月上旬の間に書かれたとおぼしきブロック宛の手紙でファーンズワース=ライトを間抜け野郎と呼んでいる。
 物語の舞台は17世紀末のニューイングランド。ボストン在住の牧師であるギデオン=ゴドフリーがルーズフォードの悪魔崇拝を粛清するべく出立したのは1693年9月の下旬のことだった。案内人として雇った2人の先住民は彼のルーズフォード行きに繰り返し反対し、しまいには馬と一緒に姿を消してしまった。しかしギデオンの決意は固く、神に叛くものどもを懲らすために徒歩で旅を続けた。
 ルーズフォードに辿りついたギデオンは大切な聖書を地中に埋めて隠し、一軒の家を選んで戸を叩いた。泊めてほしいと頼むと老人が出てきてドーカス=フライと名乗り、ギデオンに夕食を振る舞ってくれたが、食事中に床下から巨大な犬が現れる。ドーカスの使い魔だ。ドーカスがギデオンを地下の礼拝所に連れて行くと、そこには失踪した案内人たちの遺体があった。逃げたのではなく、悪魔崇拝者に殺害されていたのだ。
 絶体絶命かと思われたが、ギデオンは魔王アスモデウスになりすましてドーカスを信用させ、近々あるサバトに出席することになった。ルーズフォードの住民は全員アンデッドだった。サタンに帰依することによって不死者となり、この世をサタンの領土にするため密かに活動しているのだとドーカスは語る。サバトは3日後に迫っており、儀式でサタンを降臨させればアメリカ大陸は悪魔の地になるはずだった。
 サバトの日、住民が集まってきた。祭壇の上には何かが置いてあり、黒い布で覆われていた。祭司であるドーカスが2頭の牛を生贄として捧げる。まず1頭目を屠ったとき、ギデオンが祭壇の上の布を払いのけ、その下にあったものでドーカスを殴打した。不死者とはいえ、肉体が損壊しすぎると機能を停止するらしい。
 ドーカスを葬り去った凶器を見た悪魔崇拝者たちは恐れおののいた。それはギデオンの聖書だったのだ。彼は当たるを幸い撲殺しまくり、サタン降臨の企てを阻止して帰途についた。こうしてルーズフォードの悪魔崇拝は永遠に滅んだのだった。
 アンデッドに何で対抗するのだろうかと思ったら、まさかの聖書が武器(物理)だったので度肝を抜かれた。主人公の牧師が妙にソロモン=ケインっぽいのだが、なんだかんだ言ってブロックはロバート=E=ハワードのことが好きだったのではないだろうか。ところでルーズフォードには70人あまりが住んでいたということになっているのだが、どうもギデオンは皆殺しにしてしまったらしい。まさに悪魔も顔色をなくす所業だ。
 この作品には『ネクロノミコン』への言及があるため、一応クトゥルー神話大系に属している。ただし『ネクロノミコン』を読んでいるのはルーズフォードの悪魔崇拝者ではなくギデオンの側であり、読めば破滅につながる禁断の書物という印象は薄い。危険な知識であっても使い方によっては強力な武器になるということだろうが、結局ギデオンは『ネクロノミコン』には頼らず聖書で殴るのだった。
「これからも提出し続けて採用を目指すべき作品ですよ」とラヴクラフトはブロックを励ましたが、同時に改善案をいくつも出している。それもギデオンがルーズフォードへの道中で食べるものが不自然だと指摘するなど、まことに細かい。ブロックはラヴクラフトの提案をすべて採用して原稿を書き直したため、この作品はラヴクラフトとブロックの「合作」と見なされることもある。ラヴクラフトの作品集であるSomething About Cats and Other Piecesに収録されたのも、ラヴクラフトの意見がどのように反映されたかにダーレスが興味を示したからだろう。
 ルーズフォードの住民の恐るべき正体はあまり性急に明かさず、徐々に真相に迫っていくほうがよいとラヴクラフトはブロックに助言している。そのように雰囲気を盛り上げている好例として挙げられているのがアルジャーノン=ブラックウッドの「いにしえの魔術」で、すべての怪奇作家が見習うべき手本としてラヴクラフトに重んじられていたことが窺える。

Letters to Robert Bloch and Others

Letters to Robert Bloch and Others

  • 作者:Lovecraft, H P
  • 発売日: 2015/07/18
  • メディア: ペーパーバック