黒堂麻薬戦争顛末記
アントン=ザルナックというキャラクターをカーター本人はあまり発展させなかった。だがカーターの死後に他の作家たちがザルナック博士の物語を書き継ぎ、彼らの作品が一冊の本にまとまっている。すなわちLin Carter's Anton Zarnak Supernatural Sleuth である。そこに収録されている作品の中から、ロバート=プライスの"Dope War of the Black Tong"を紹介させていただこう。これはスティーヴ=ハリソンとアントン=ザルナックが共演するというパスティーシュで、本来はThe Disciples of Cthulhu の第2版のために書き下ろされたものだ。
ハリソンは相も変わらず悪党退治にいそしんでいるが、彼の友人の警官が急に錯乱して奥さんを喰い殺すという事件が起きた。この異常な事件を解決するためにハリソンが助力を請うたのがザルナックだ。なお、ハリソンの身分は刑事なのか探偵なのか曖昧だが、プライス博士の作品では私立探偵ということになっている。
ハリソンとザルナックはどちらもリバーストリートの住人なので、彼らが共演するのは自然なことなのだが、そのリバーストリートはプライスの作品ではサンフランシスコにあるということになっている。これについては少し説明が必要だろう。ダニエル=ハームズは『エンサイクロペディア・クトゥルフ』で次のように述べている。
R.E.ハワードのスティーヴン・ハリソン小説における混乱のため、ザーナック(そして、ジョン・グリムラン)の設定はその時によってニューヨークだったりサンフランシスコだったりする。これはザーナックとジョン・グリムラン双方の居場所に影響する。
これだけ読んでも意味がよくわからないが、要はハリソン・ザルナック・グリムランの住所がサンフランシスコなのかニューヨークなのか曖昧だということだ。そもそもハワードはリバーストリートの在処をはっきりさせていない。どうやら米国の西海岸にある大都市らしいのだが、なぜかカーターの作品ではニューヨークの街ということになっている。プライスはこれをサンフランシスコに変更し、ついでにグリムランがその都市の郊外に住んでいたと述べたため、彼も巻きこまれることになった。「ハワードの小説における混乱のため」とハームズは述べているが、私の見る限り混乱の元凶はむしろカーターだ。
余談が長くなった。発狂した警官に話を戻すと、彼は黒蓮という麻薬の犠牲になったのだとザルナック博士はハリソンに説明する。黒蓮を米国に蔓延させようとしているのはチョ=チョ族だ。かつてザルナックはチョ=チョ族の大神官であり、彼の名前は「ツァールの代弁者」を意味するツァール=ナクが転訛したものだった。しかしザルナックが去った後、エ=ポオが実権を握ってチョ=チョ族の間に邪悪な教えを広めたのだ。
ザルナックと従僕のシン、そしてハリソンの3人は暗黒教団の本拠地に乗りこんだ。教団では儀式が執り行われている最中だ。ザルナックは自らの魔法力を暴走させてツァールを招喚し、教団を壊滅させてしまった。しかし教団員が皆殺しになった後も暴走は収まらず、ツァールは去ろうとしない。
「許してくれ、先生!」と叫ぶと、ハリソンは杭をザルナックに投げつけた。鋭く尖った杭に胸を刺し貫かれて、ザルナックはくずおれる。ツァールの顕現はようやく消滅した。そして、ザルナックの姿も消えてしまった。
「ザルナック博士は彼の神と一緒にアジアの聖地へと帰って行かれたのでしょう」とシンはハリソンに語った。「もしかしたら博士もツァールの化身だったのかもしれません。しかし私はお屋敷に戻り、あの方が再び来るのをいつまでも待つことにします」
さても大風呂敷を広げたものだというのが正直な感想なのだが、シンの最後のセリフはなかなかグッと来る。
Lin Carter's Anton Zarnak Supernatural Sleuth
- 作者: C. J. Henderson,James Chambers,Robert M. Price
- 出版社/メーカー: Marietta Pub
- 発売日: 2002/06
- メディア: ペーパーバック
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