新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

不気味な仕立屋

 ロバート=ブロックに"The Weird Tailor"という短編がある。
 エリック=コンラッドは中年の仕立屋。量販店に押されて、店は寂れる一方だ。ドイツから亡命してきたアンナという若い奥さんがいるのだが、仕事がうまく行かないエリックは彼女に暴力を振るってばかりいた。
 エリックの店のショーウィンドウには男性のマネキンが置いてあったが、長い歳月が経っているので傷みが激しく、あちこち欠けて不気味な感じが漂っていた。エリックに虐待されているアンナはそのマネキンに話しかけるようになり、ドレスデン空襲で死んだ自分の従兄弟にちなんでオットーと名前をつけてやった。
 ある日、身なりのいい男がエリックの店に入ってくる。男はスミス氏と名乗り、不思議な光沢がある布をエリックに渡して、自分の息子のためにスーツを作ってほしいと依頼した。ただし作業を行うのは特定の日時でなければいけないという条件つきだ。息子自身が姿を見せることはなく、スミス氏はエリックに寸法だけ教えて立ち去った。
 実入りのいい仕事が久々に舞いこんできたエリックは張り切って仕事に取りかかった。アンナは不吉な予感がしたので反対するが、エリックは聞く耳を持たない。スミス氏の注文したスーツは布地も奇妙ならば寸法もおかしく、できあがったのはずいぶん異様な代物だった。
 完成した服を持って、エリックはスミス氏の家を訪れる。スーツが仕上がったと知ったスミス氏は喜ぶが、今はお金がないので支払えないなどと言い出した。代金をもらえないならスーツは渡せないといってエリックは帰ろうとするが、スミス氏は彼を引き留めて「私が息子とよりを戻せば、金など思うがままなのだ」と主張する。
 スミス氏は大きな冷凍庫を持っており、その中に入っていたのは若い男の死体だった。スミス氏の「息子」は死んでいたのだ。なおもエリックに追いすがりながら「服をくれよお、服をくれよお」と繰り返すスミス氏。エリックは何とか逃れようとスミス氏を殴打し、彼は死んでしまった。
 少しでも代金を回収したいエリックは数冊の古い本をかっぱらって逃走する。自分の家に戻った彼は本を読みはじめたが、それらはいずれも黒魔術に関するもので、ヤディスへの言及があった。御存じの方も多いだろうが、ラヴクラフト&プライスの「銀の鍵の門を超えて」に出てくる惑星の名前だ。また、その本には「運命の布」の作り方が書いてあった。運命の布で仕立てた服を着せてやれば、人間の姿をしたものなら何でも生命を得るのだそうだ。
 エリックがアンナの様子を見に行くと、彼女はスミス氏の服をオットーに着せ、彼に話しかけていた。自分はあの男を正当防衛で殺してしまった、その服をすぐに焼き捨てて絶対に他言するなとエリックはアンナに命じる。しかしアンナはいった。
「正当防衛だからといって、人殺しを隠しておくのはよくないことだわ。一緒に警察に行きましょう。私はあなたの味方になってあげます」
 エリックはアンナの口を塞ごうと襲いかかるが、魔法の服を着たオットーがそのとき動き出した。哀れエリックはオットーに絞め殺されてしまうのだった。
 いろいろと陰惨な感じの話。ブロックのクトゥルー神話作品の中では、おそらく一番マイナーな部類に属するだろう。初出はウィアードテイルズの1950年7月号で、ボリス=カーロフが司会を務めた恐怖ドラマシリーズ「スリラー」で実写化されているらしい。

Skull of the Marquis de Sade

Skull of the Marquis de Sade

  • 作者:Bloch, Robert
  • 発売日: 1976/08/01
  • メディア: ペーパーバック