新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

モーテルの殺人

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 ナイトランドの無期休刊は残念な出来事だったが、必ず将来につながる成果が残ったと思う。バーラス・スラッター・ミークルといった作家を我が国の読者に知らしめたことは同誌の功績のひとつだろう。
 ブライアン=M=サモンズもナイトランドが紹介した作家のひとりだ。クトゥルー神話TRPGの分野でも活動しているが(参照)、彼が編集したThe Dark Rites of Cthulhu というアンソロジーが最近エイプリルムーン=ブックスから刊行された。この本にはサモンズ自身の"The Murder at the Motel"も収録されている。
 "The Murder at the Motel"の主人公はデニスという男。元は会計士だったが、今は各地を旅しながら奇術師の仕事をしている。とあるモーテルに泊まった彼が夕食をとろうとしていると、ラドゥと名乗る男が話しかけてきた。種も仕掛けもない真の魔術を自分は使えるのだとラドゥは豪語し、たまたま通りかかったウェイトレスの精神を操ってみせる。そして、デニスが望むなら自分の術を教えてやろうというのだった。
 ラドゥは自分の部屋にデニスを招待し、本物の念力や透視を伝授するが、もちろん単なる親切心でしたことではなく裏の目的があった。彼は魔術で己の命を延ばしているのだが、人間が寿命を超えて生きることは禁忌であるため、翼の王と呼ばれるイブ=ツトゥルの眷属が彼を連れていこうとしている。そこでラドゥはその魔物を欺くため、デニスを身代わりにしようと目論んでいるのだが、イブ=ツトゥルの眷属が債権の取り立てみたいな仕事をしているとは初耳だった。
 ラドゥは床に護身用の魔法円を描き、ネフレン=カが執筆したという魔道書『永遠の生命』を読み上げはじめた。人間ひとりを生贄にするたびにラドゥの命は何年か延びるそうだが、いささか効率が悪いのではないかという気もする。しかも前回の儀式ではラドゥ自身の左眼も犠牲にしなければならなかったそうで、彼は義眼を入れていた。
 デニスは身動きができなくなっていたが、先ほどラドゥから教わった念力を使ってミネラルウォーターの瓶を飛ばし、彼にぶつけようとする。ラドゥは瓶を易々とかわし、巨大なカラスのような姿をした「翼の王」が現れたが、実は瓶から流れ出た水が魔法円の一部を消していた。それこそがデニスの狙いであり、無防備になったラドゥに魔物が襲いかかった。
ごきげんよう、グリゴリ」ラドゥと名乗っていた男の顔を剥がしながら、翼の王はいった。グリゴリというのはラドゥの真の名だろう。「時が至れば、旧支配者以外のものはすべて我らのもとに来るのだ。おまえなど旧支配者には遠く及ばぬわ」
 窓ガラスが割れ、カラスの群がどっと部屋に飛びこんできて処刑に加わる。高橋葉介の『夢幻外伝』に同様の場面があったように記憶しているが、それにしても痛そうだ。デニスは逃げようとしたが、ドアが開かない。
「相済まんなあ、お若いの」翼の王はデニスに話しかけた。「ドアを開けられると音が外に漏れるのでな。こういうことは見たくないかね?」
「はい!」とデニスは答えた。
「では、私からの贈物だ」
 そのとたん、黄色い霧に包まれた異界の光景がデニスの脳に飛びこんできた。どうやらカルコサらしいが、その超越性に耐えかねたデニスは失神してしまう。意識を取り戻すと、翼の王とカラスの群は消えていた。床には血の一滴すらこぼれておらず、ずたずたになったラドゥの服とガラスの義眼が残っているばかりだ。デニスは這々の体でモーテルから立ち去り、故郷のミシガンに帰って会計士の仕事を再開しようと思うのだった。
 酸鼻な話だが、登場する魔物は威厳があるくせにユーモラスだ。ネフレン=カの著作だの、イブ=ツトゥルの眷属の意外なお仕事だのに関する情報も得られるので、お得感のある作品だった。