新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

血染めの神の跡

 スプレイグ=ディ=キャンプの「血ぬられた神像」はロバート=E=ハワードの作品を改変して主役をコナンに置き換えたものだ。元々の話は"The Trail of the Blood-Stained God"という題名で、一昨日と昨日の記事で紹介した"The Treasures of Tartary"と"Swords of Shahrazar"の前日譚に当たる。当然ながら主人公はカービー=オドンネルだ。
 路地裏の家で男が拷問されている現場をオドンネルは目撃した。詳しい事情はわからないが、見過ごすわけにはいかない。オドンネルは家の中に躍りこみ、囚われている男を救い出して逃がした。
 ハッサンと名乗る男がオドンネルに話しかける。ハッサンはオドンネルの素性を見抜いており、彼が探している財宝のことも知っていた。それは「血染めの神」と呼ばれる神像で、ルビーで覆われているという。ペンブロークという男が発見し、その在処を記した地図をいまわの際にオドンネルに託した。しかし、ホークリンという英国人にオドンネルはその地図を奪われてしまったのだ。
 さっき拷問を行っていたのがホークリンの一味だとハッサンはオドンネルに説明した。拷問されていたのはヤル=ムハンマドという男で、神像の隠されている地域を治めるヤクブ=ハーンの部下だ。ヤクブ=ハーンに気づかれることなく神像の在処へ行くための道をホークリンはヤル=ムハンマドから聞き出そうとしていたのだった。
 一緒に「血染めの神」を手に入れようとオドンネルに持ちかけるハッサン。見るからに胡散臭そうな男だが、オドンネルは手を組むことにした。「血染めの神」が安置されている山中の遺跡を彼らは目指すが、途中でヤクブ=ハーンに見つかって追跡される。逃げるオドンネルたちの前方にはホークリンがいた。前門の虎、後門の狼といったところだが、ヤクブ=ハーンに捕まれば命がないのはホークリンも同じだ。オドンネルはホークリンを説得し、一時的に共闘することにした。
 銃撃戦の結果、生き残ったのはオドンネルとハッサンとホークリンの3人だけだった。何とか逃げ延びた彼らはとうとう遺跡に辿りつく。ハッサンが遺跡の中に入ろうとすると扉が急に倒れ、彼を押し潰してしまった。「血染めの神」は生贄を欲しがるというペンブロークの言葉を思い出したオドンネルはハッサンに注意しようとしたのだが、間に合わなかった。
 オドンネルとホークリンは遺跡の中で「血染めの神」と対面した。話に聞いたとおり、ルビーを一面にびっしりとちりばめた神像だ。その姿を想像してみると、なかなか気持ち悪いものがある。ホークリンは財宝を独り占めしようとオドンネルに襲いかかるが、オドンネルは死闘の末に返り討ちにした。一人きりになってしまったオドンネルの前に現れたのは、ヤル=ムハンマドを連れたヤクブ=ハーンだった。
「これで宝は俺のものだ」とヤクブ=ハーンは笑った。「おい、ヤル=ムハンマド。こいつを殺してしまえ!」
「嫌だ!」とヤル=ムハンマドは拒否する。「あなたが俺にくれたのは過酷な任務とわずかな給料だけだろう? この人は俺の命の恩人なんだ。俺は恩知らずな真似はしないぞ!」
 ヤクブ=ハーンは自分でオドンネルを殺そうとするが、ヤル=ムハンマドは渾身の力で「血染めの神」を持ち上げ、ヤクブ=ハーンに投げつけた。ヤクブ=ハーンは神像もろとも地面の亀裂に転落し、底なしの奈落に落ちていく。呪いの神像は最後の生贄を手に入れ、この世から消え去った。
「アリ=エル=ガジー、あんたが異人だというのは本当か?」とヤル=ムハンマドは質問し、オドンネルが頷くのを見て笑った。「そんなこと構わないさ! 俺だって主人殺しのお尋ね者だしな。あんたの武勇伝はよく聞いているんだ。ついて行ってもいいかい?」
「いいとも! 一緒に行こうぜ!」
 財宝はなくなってしまったが、オドンネルは悔しくなかった。命があれば次の冒険ができるし、かけがえのない朋友に巡り会ったのだから。真実の友情は幾百の宝石よりも尊いものだろう……。カービー=オドンネルのシリーズは裏切りと騙し合いの連続で、息苦しいまでの緊迫感に見ているのだが、そんな中で好漢ヤル=ムハンマドの存在は清々しい。
 この作品もハワードの生前には発表されず、邦訳も未だにない。一方「血ぬられた神像」は東京創元社早川書房の本にそれぞれ収録されている。ディ=キャンプによる改変のほうがハワードの本物よりも有名になってしまうとは、コナンのネームバリューはすごいものだと思わずにはいられない。