アッシュールバニパルの焔
「アッシュールバニパルの焔」といえば、「黒の碑」と並んでロバート=E=ハワードの代表的なクトゥルー神話作品だが、いま広く読まれているのは書き直されたものだ。本来の物語はTales of the Lovecraft Mythos やEl Borak and Other Desert Adventures に収録されているが、これは決定稿に比べて怪奇の要素がずっと少なく、ほぼ純粋な冒険小説である。ただし初期稿でも『ネクロノミコン』への言及はあるので、クトゥルー神話大系とまったく無縁というわけではない。
スティーヴ=クラーニイとヤル=アリの二人が伝説の宝石を探し求め、砂漠の直中にある廃都まで旅をするというプロットは初期稿でも同じである。ヌレディンと彼の手下に二人が捕まってしまう場面まで文章に違いは見られないが、宝石の来歴が語られるくだりは後から付け足されたものだ。そのため都が廃墟と化した理由も初期稿では不明のままで、おおかた疫病でもあったのだろうとクラーニイは推測している。
初期稿でもヌレディンは手下の反対を押し切って宝石を掴み、命を落とす。ただし彼を殺すのは、宝石を守護していた魔物ではなく、頭蓋骨の中に潜んでいた毒蛇だ。ヌレディンの死に恐れおののいた手下どもは我先に逃げ出し、クラーニイとヤル=アリは二人だけ取り残されて命拾いする。ヤル=アリの忠告にもかかわらずクラーニイは宝石を持ち帰ることにするが、この結末も決定稿とは異なっている。
クラーニイとヤル=アリに殺された仲間の馬を連れて行くことをヌレディンの手下が恐怖のあまり忘れてしまうのは初期稿でも同じだが、馬が放っておかれているのを見たクラーニイは「一縷の望みだ!」と叫んでおり、彼らが生きて沿岸部まで辿りつくのは依然として困難であるということになっている。「髑髏の中に毒蛇がいたとは確かに不思議だな」とクラーニイは最後に呟くのだが、結局のところ宝石の呪いは実在するのではないか、その呪いによってクラーニイとヤル=アリも砂漠で野垂れ死にするのではないかという不吉な予感が漂っている。もちろん決定稿ではクラーニイはアッシュールバニパルの焔を手に入れるのを諦めるし、「彼らが沿岸部まで辿りつく望みは充分あった」とハワードが地の文で書き足しているから、二人が生き延びることはほぼ確実といっていいだろう。したがって決定稿では怪奇の要素が大幅に増量されたにもかかわらず、物語の雰囲気は遙かに明るくなっている。
初期稿は1972年まで陽の目を見ることがなかった。決定稿はウィアードテイルズの1936年12月号に掲載されたが、その頃にはもうハワードはこの世の人ではなかった。売れなかった原稿を書き換えて怪奇小説に仕立て直した例は「アッシュールバニパルの焔」だけではなく、"By This Axe I Rule!"の主役をカルからコナンに置き換えた「不死鳥の剣」などもそうである。天才作家ハワードですら苦労を強いられたのだと思わずにはいられない。
なお、この改稿に関する発言がないかと思ってラヴクラフト・ハワード往復書簡集を見てみたのだが、「アッシュールバニパルの焔」自体への言及が見当たらなかった。まだ発表する当てがないということもあり、話題にするのを控えたのかもしれない。時として、ハワードは自分の作品の話をするのを恥ずかしがっているように見受けられることがある。
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El Borak and Other Desert Adventures
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