黒い風が吹く
ロバート=E=ハワードに"Black Wind Blowing"という短編がある。
主人公はエメット=グラントンという青年。夜中、ジョン=ブルックマンに呼び出されて自動車を走らせる彼の前に立ちはだかったのは、ブルックマンの使用人のジョシュアだった。殺気立っており、グラントンがブルックマンのところへ行こうとするなら殺してやると息巻いている。
「俺は呼ばれた理由すら知らんのだぞ」とグラントンはいった。
「俺は知ってる!」とジョシュアは吠えた。「行かせねえ! 彼女は俺のもんだ! あんたも兄貴のジェイクみたいにぶっ殺してやるぞ! あいつ俺のことをぶん殴るからな、石で頭を潰してやったのさ!」
彼女というのが誰のことかはわからないが、ジョシュアの兄のジェイクが失踪した理由はわかった。ジョシュアは知恵の足りない人物という評判だったが、それどころか気が変になっているようだ。襲いかかってきたジョシュアをグラントンは殴りつけ、先を急いだ。
グラントンがブルックマンの家に着くと、そこには見知らぬ美少女がいた。ブルックマンの姪のジョアンだ。貸している土地の使用料を帳消しにした上に現金で1000ドルやるから彼女と今すぐ結婚しろとブルックマンはグラントンにいった。
「わけがわかりませんが」とグラントンはいった。「お嬢さん、それでよろしいのですか?」
「ええ、お願い! 私をここから連れ出して!」
ブルックマンは治安判事を呼んでおり、さっさと結婚の手続きを済ませてしまった。まるっきり理由がわからないが、グラントンは奥さんを連れて帰宅することになった。家に帰ると、ブルックマンから電話がかかってきた。
「彼女と結婚したと奴らにいってやってくれ!」とブルックマンは叫んだ。グラントンは聞き返そうとしたが、電話は切れてしまう。切ったのは明らかにブルックマン以外の人物だった。
ブルックマンのことが気になるグラントンは彼の家に行ってみることにした。ジョシュアがやってくるかもしれないので警戒を怠らないでほしいと彼は使用人のサンチェスに頼む。サンチェスはパンチョ=ビリャとともにメキシコ革命で戦ったこともある古強者で、信頼できる人物だった。
ブルックマンの家に着いたグラントンは何者かに襲われたが、返り討ちにする。ブルックマンはさんざん拷問されて虫の息だったが、グラントンに真相を打ち明けた。若い頃、彼は邪神アーリマンを崇める暗黒教団の一員だったのだ。おぞましすぎる教義に怖れをなして米国に逃げたが、教団に見つかってしまった。
「年の一度、若い娘を生贄として焼き殺すという儀式があるのだ……」ブルックマンはいった。「奴らはわしへの制裁としてジョアンを生贄に選んだ」
教団の儀式では、生贄の娘にもっとも近しい男性も一緒に殺されることになっていた。男根崇拝の名残なのか、あるいは娘の仇を討ちそうな人間をあらかじめ排除しておくという実際的な理由もあるようだ。ジョアンが生贄ならば、当然ブルックマンが殺されることになる。ブルックマンはジョアンをグラントンと結婚させ、巻き添えで殺される役目を彼に押しつけようとしたのだが、無駄だった。
そこまで説明したところでブルックマンは絶命し、グラントンは自分の家に大急ぎで引き返す。サンチェスは殺され、ジョアンは連れ去られていた。暗黒教団の後を独りで追うグラントン。追いつくと、3人の祭司が儀式を始めていた。岩を並べて輪を作り、その中央に祭壇がしつらえてある。祭壇の上には全裸のジョアンが横たわっていた。
グラントンは突進しようとしたが、蒼白く光る岩に触れた途端に引っ繰りかえった。岩には高圧電流が通っていたのだ。祭壇も通電しているらしく、ジョアンが苦しんでいる。グラントンは拳銃を3人の祭司に向け、弾倉が空になるまで撃ちまくったが、1人を斃しただけだった。
そこへジョシュアが乱入してきた。ジョシュアは岩を飛び越え、妻子に襲いかかる。たちまち1人が背骨を折られて死に、残る1人もジョシュアと相打ちになった。図らずもジョシュアは己の罪を償い、グラントンはジョアンを救い出す。祭壇自体の電圧はさほど高くなかったらしく、ジョアンは無事だった。もうじき夜が明ける……。
初出はスリリング=ミステリーの1936年6月号だが、全般的に描写が凄惨かつ煽情的だ。エログロの部類に入るといっていいかもしれない。邦訳はないが、原文はプロジェクト=グーテンベルク=オーストラリアで無償公開されている。
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