新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

蛇の眼

 クリス=ハローチャ=アーンストの神話作品目録*1を眺めていたら、ヘンリー=カットナーの"The Toad"という小説が記載されていた。知らない作品だと思いきや、実は"The Frog"のことらしい。それなら「蛙」という邦題で青心社文庫の『クトゥルー』に収録されているが、ハローチャ=アーンストといえども間違えることはあるのだろう。

 「蛙」の初出はストレンジストーリーズの1939年2月号だが、この号には「侵入者」も載っている。同じ作家が書いているとばれないように「侵入者」のほうはキース=ハモンド名義で発表したのだが、ロバート=ブロックも同様のことをしているため*2この号はブロック&カットナー祭りとなっている。
 そんな中に混じっているのがダーレス&スコラーの"Eyes of the Serpent"だ。ラヴクラフトの書簡によると1932年に執筆されたそうだが、いかにもパルプという感じがする話で、ダーレスにしては派手な部類に入る。美少女の裸も出てくるのだが、ただしアンデッドだ。せっかくだから粗筋を紹介させていただこう。
 語り手はヘンリー=カーターという男だ。シカゴ市警のアレン本部長が喉を切り裂かれて死に、秘書のモニカがカーターのところに駆けこんでくる。本部長が殺害される直前、不気味な人形が送りつけられてきたというのだ。その人形はヴードゥー教で呪いをかけるのに使われるものだった。ヴードゥーを奉じる暗黒結社の摘発にアレン本部長は乗り出そうとしていたのだとモニカは語る。
 それまでの調査の結果、ウルリカ=ベインという若い娘が結社の首領らしいということが判明していた。ただし彼女は25年も前に死んでいる。ハイチからやってきたガブリエル=ラントラという特命捜査官がニューオーリンズでウルリカを仕留めたのだが、ラントラの強い主張にもかかわらず彼女の亡骸は荼毘に付されなかった。ヴードゥーの魔術師は幽体離脱の技を使うことができ、肉体を殺されても焼かれない限りは霊が滅びないのだという。
 褐色の肌をした美しい娘がカーターたちの前に出現した。霊体となったウルリカだ。彼女はモニカを襲おうとしたが、天敵のラントラが現れて立ちはだかる。邪魔されたウルリカはいったん退散した。
 ラントラの話によると、ウルリカはポルトープランスの素封家の娘だったが、黒魔術を身につけて暗黒教団の教主となった。ラントラの両親を殺害したのも彼女だ。ちなみに、ラントラとウルリカはかつて恋人同士だったという設定もある。
 モニカはアレン本部長殺害の容疑者として警察に連行されたが、目撃者がいてアリバイが成立したため釈放された。ラントラの協力者であるピーレ司教をカーターは訪問するが、暗黒教団がモニカを拉致してしまった。
 カーターとラントラは暗黒教団の本部に乗りこむ。そこでは教主ウルリカの主宰のもとに儀式が行われていた。まず山羊が生贄として殺され、その血が蛇神像に振りかけられる。さらにモニカが引き立てられてきたが、その時ラントラが突入した。信者たちは算を乱して逃げ惑い、ラントラとウルリカの一騎打ちが始まる。
「私と手を組め! 二人でともに支配するのだ!」とウルリカは誘うが、ラントラは聞く耳を持たない。ウルリカは懇願するふりをして必殺の一撃を繰り出すが、ラントラはこれを察知して防いだ。精神力と精神力のぶつかり合いに敗れたウルリカは、自分の遺体を埋めてある場所を白状する。
 カーターたちは墓地に直行し、ウルリカの棺を掘り起こして火をつけた。棺が炎に包まれるとともに、ウルリカの霊体も消滅する。「これで私も休めます。こんな出来事はお忘れなさい」というと、ラントラは去っていった。実はラントラも25年近く前に死んでいたのだとピーレ司教はカーターに語る。彼はウルリカを倒すため、霊となって地上に留まっていたのだが、とうとう本懐を遂げたのだった。
 ヴードゥーの術者同士が正義と悪に分かれて争うというお話。ウルリカのやっていることは極悪非道なのだが、ラントラが無敵すぎるため物語の後半ではなんだか哀れに見える。彼女があの世で邪心を捨て、ラントラと和解してくれますように。

*1:クトゥルー神話作品目録および用語索引 - 新・凡々ブログ

*2:本名で"The Curse of the House"(未訳)を、タールトン=フィスク名義で「妖術師の宝石」を発表した。