この斧を以て我は治む!
ロバート=E=ハワードに"By This Axe I Rule!"という短編がある。ヴァルーシアの大王カルを主役とする作品だ。
カルを亡き者にして玉座を奪おうとする陰謀がヴァルーシアでは進行中だった。首謀者は詩人リドンド・伯爵ヴォルマナ・軍団長グロメル・男爵カーヌーブの4人。彼らは野望を実現させるために盗賊アスカランテを仲間に引き入れた。俺は連中の手駒で終わるつもりはないとアスカランテは奴隷に語る。
一方、カルは気が晴れない様子だった。暴君だった先代の王を彼が打倒して以来、国は富み栄えて強くなり、人々は平和と繁栄を謳歌している。だが、どうも俺は民に好かれていないようだとカルはブルールに愚痴をこぼした。
「民衆とはそういうものですよ」とブルールはいった。「それにリドンドが彼らを煽動している。やつは危険人物です。早めに粛正しておいたほうがいいのでは?」
「できぬ」と彼はいった。「優れた詩人は王よりも偉大だ。俺は死んだら忘れ去られるだけだが、彼の芸術は後世まで残るだろう」
セノ=ヴァルドアという若い貴族がカルに謁見し、アラという娘と自分の結婚を認めてほしいと懇願する。彼女はヴォルマナ伯爵に仕える奴隷だった。セノは彼女をヴォルマナから身請けしようとして果たせず、いっそ自分もアラと一緒にヴォルマナの奴隷になりたいとまで希望したが、それも断られてしまった。
カルは首席顧問官のトゥを呼び寄せ、セノの悩みを解決できないのかと相談する。貴族が奴隷と結婚することは許されないというのがトゥの回答だった。そのことは法で定められており、王といえども従わなければならないのだ。自分にはどうすることもできないとカルは苦々しげに告げ、セノは絶望の表情で退出した。
愛する人と結婚できない悲しみにアラが独り沈んでいると、お忍びで外出中のカルが通りかかった。カルは彼女に優しい言葉をかけ、宮廷の話をしてやる。
「王様は背丈が8フィートもあって、頭には角が生えているというのは本当ですか?」
「王には角など生えていないし、背丈は6フィートちょっとだよ。彼はただの人間だ」
セノとアラの力になってやりたいと王は望んでいるのだが、できない。王もまた奴隷のようなものなのだ――と語るカル。彼の正体を知ったアラは狼狽して走り去る。
グロンダル王の要請により、ピクトの大使カ=ヌが同国を訪問することになった。グロンダルの宮廷に縁者がいるヴォルマナの差し金によるものだ。謀反人どものもくろみ通り、カルはカ=ヌの警護のためにブルールを同行させた。カルが片腕と恃むブルールが離れた隙を突いて、アスカランテらが国王の寝室に夜討ちをかける。しかしカルは野生の勘で目を覚まし、襲撃を待ちかまえていた。
死闘が始まった。襲撃に加わった謀反人は全部で20人、対するカルはひとりだ。カルは満身創痍になりながら戦斧を振り回し、謀反人を一人また一人と屠っていく。グロメル・ヴォルマナ・リドンドはいずれも斃れた。しかしカルはリドンドを討ち取るのを躊躇したため、彼の刃で脇腹に深い傷を負ってしまった。
兵士たちが寝室に駆けつけてくるのが聞こえ、アスカランテの手下たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。いまやカルとアスカランテが二人きりで対峙しているばかりだ。謀反の失敗を悟り、せめてカルを冥土の道連れにしようとするアスカランテ。眼に入った血をカルが拭おうとした隙にアスカランテは突進するが、飛んできた短刀が彼の首に突き刺さった。短刀を投げたのはセノだった。
「アラが教えてくれたのです」とセノは説明した。ヴォルマナとカーヌーブが謀反の相談をしているのを立ち聞きした彼女はセノの館まで夜通し駆けて知らせに行った。そして彼女から話を聞いたセノは手勢を率いて王宮に馳せ参じたというわけだ。なお襲撃に加わらなかったカーヌーブはちゃっかりと生き延び、後に「ツザン・トゥーンの鏡」で再登場している。
「婚姻に関する法が刻まれた石板を持ってこい」とカルはトゥに命じ、集まった人々に告げた。「ここにいる二人が俺の命を救ってくれた。その恩に報いずして、何が王か。よって二人には結婚の自由を認めるものとする」
喜びのあまり、セノとアラはひしと抱き合う。「しかし、法律が!」と抗議しようとするトゥ。血まみれのカルは叫んだ。
「法律など、こうしてくれるわ!」カルは斧を振り下ろし、石板を粉々に打ち砕いた。「俺は王と称する奴隷に過ぎなかった。これより俺は真の王となる。これが俺の王笏だ!」
そういってカルは戦斧を高々と掲げ、文武百官は彼の前に平伏した。「俺は王だ!」とカルが吼えるところで物語は幕を閉じる。
お気づきの方もおられるだろうが、前半部が「不死鳥の剣」によく似ている。"By This Axe I Rule!"が没になってしまったのでハワードは原稿を書き直して怪奇幻想の要素を加え、コナンを主役とする新しい作品に仕立てたのだ。「不死鳥の剣」のコナンがちょっと賢そうに見えるのは、実はカルの人格がコピーされているからなのだった。
「不死鳥の剣」はウィアードテイルズの1932年12月号に掲載された。一方"By This Axe I Rule!"のほうはハワード没後の1967年まで発表されることがなかった。だが、もしもウィアードテイルズが"By This Axe I Rule!"を受理していたらカルの物語が続き、コナンの出番はなかったのだろうか?
Kull: Exile of Atlantis (English Edition)
- 作者:Howard, Robert E.
- 発売日: 2006/10/31
- メディア: Kindle版