新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

「プトゥームの黒い僧院長」の続き

 クラーク=アシュトン=スミスの「プトゥームの黒い僧院長」はゾティークの物語だ。『呪われし地』と『ゾティーク幻妖怪異譚』に邦訳が収録されているので詳しい粗筋は不要だろうが、ルバルサという美少女をホアラフ王の後宮に連れていく兵士たちと宦官が泊まった僧院での出来事が語られている。
 「プトゥームの黒い僧院長」の原稿は1935年2月にウィアードテイルズの編集部へ送られたが、ファーンズワース=ライトが書き直しを要求したため1500語ほど削られた後で1936年3月号に掲載された。邦訳はいずれもこの短縮版が底本になっているが、改稿されたせいで登場人物がひとり減ってしまっているので、かなり大きな影響があったといわざるを得ない。
 没になった初期稿はロバート=バーロウがスミスからもらい、2007年に初めて世に出るまで眠り続けていた。その後、ナイトシェイド=ブックスから刊行されたスミス作品集の第5巻にも収録されている。

 従来の版では弓兵ゾバルと槍兵クシャラが僧院長を斃した後、どちらがルバルサの恋人になるかを巡ってクジを引くが、二人のしていることに気づいたルバルサはクジ引きの結果を無視してクシャラに抱きつく――という場面で物語が終わっていた。だが本来の原稿では話に続きがあり、刺繍をした服を着た人物が唐突に現れる。彼も僧院で歓待されていたのだが、麦酒の飲み過ぎで前後不覚になってしまい、眼が覚めると廃墟にいたのだった。
「幸運でしたな」とゾバルがいった。「ウジュクのやつはあなたを喰うつもりだったのかもしれません」
 刺繍をした服の男はヴァダルスと名乗った。タスーンの王様に仕える身だが、生き別れた娘を探して旅をしている最中だという。過失があって解雇された使用人が彼を逆恨みし、生後5カ月の娘を誘拐したのだ。その後ずっと娘は行方不明になっていたが、誘拐犯が罪を告白して死んだという情報が数週間前に入ってきた。彼は娘を筏に乗せてヴォス川の上流から流したというので、ヴァダルスは川沿いに歩いては聞き込みを続けていた。
「今夜の奇跡はまだ終わっていなかったか」と叫んだのはクシャラだった。
 ルバルサは筏に乗って流れてきたところを拾われた娘だそうだと彼はヴァダルスに説明した。そしてルバルサが見つかったとき身につけていたお守りをゾバルが見せると、ヴァダルスは叫んだ。
「このお守りにはユクラ神が彫ってあるでしょう。悪しき魔物が近寄らぬよう、私が娘の首にかけてやったものに違いありません」
 ヴァダルスはルバルサの父親だったのだ。驚きと喜びで呆然としている彼女をヴァダルスは抱きしめ、ゾバルとクシャラに話しかけた。
「私と一緒にタスーンへ来ませんか? 王様に仕えるなら隊長になれるよう取り計らいます」
 どうやらヴァダルスはかなり高い身分らしい。彼の肩書きはalmonerとなっており、この言葉を手許の英和辞典で引くと「医療福祉係」などと書いてあるのだが、君主からの施しを貧しい人々に分配する担当の官僚という意味もある。ヴァチカンにもこの役職があり、現在はコンラート=クラジェウスキー枢機卿が務めているというが、タスーンでもそれくらいの高官なのだろう。クシャラはすぐさまヴァダルスの提案に賛成し、ゾバルもいった。
「ことわざにもあるな。親子も恋人も引き離してはならぬ、そして友と友も離ればなれになるべきではないと。俺も一緒に行こう」
 こうして、孤児だったルバルサは父親と巡り会い、実は高貴な生まれだったことが判明した。ゾバルとクシャラはよい再就職先を見つけ、ルバルサとクシャラの仲を認めたゾバルの爽やかなセリフで物語は幕を閉じる。不要といえば不要な箇所だろうが、これくらい幸せな結末の話がゾティーク神話の中にもひとつくらいあっていいだろう。
 なお「いまから19年近く前、私の妻は娘を産んで亡くなった」とヴァダルスが語っているので、ルバルサは18歳らしい。この情報も従来の版にはなかったはずだ。