新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

猫と髑髏再び

 タルサ=ドゥームといえば映画『コナン・ザ・グレート』の悪役として有名だ。彼の初出はロバート=E=ハワードの"The Cat and the Skull"なのだが、これはコナンではなくカルが主役の話だ。
 "The Cat and the Skull"はハワードの生前には発表されず、1967年にランサーブックスから刊行されたKing Kullに"Delcardes' Cat"として収録されるまで日の目を見ることがなかった。未だに邦訳はない。
 このブログでは以前にも"The Cat and the Skull"を取り上げたことがある。*1その時は他で読めるからと粗筋を割愛したのだが、それから8年が経った今では故ジャック清井氏のサイトも消滅し、インターネット=アーカイブで見ることすら叶わない。すばらしいサイトが消えていくのを惜しみつつ、改めて紹介したい。
 人間の言葉を喋る猫を少女デルカーデスが飼っているという話をカルにしたのは首席顧問官のトゥだった。興味を覚えたカルはデルカーデスの屋敷を訪問する。くだんの猫は長毛種の牝で、サレメスという名前だった。サレメスは絹のクッションの上で丸まり、カトゥロスという奴隷がその後ろに控えている。ベールで顔の下半分を覆ったカトゥロスの務めは、サレメスの要望をよんどころなく満たすことだった。
 自分をカルラ=トゥームと結婚させてほしいとデルカーデスはカルに願い出たが、たちまちトゥが横槍を入れた。デルカーデスは王族の娘であるから、違法の庶人と夫婦になることなど許されないというのだ。デルカーデスは少々ふくれっ面をしたが、すぐさま莞爾と笑って、喋る役目を猫のサレメスと交代した。
 カルが話しかけると、サレメスはよどみなく受け答えしたばかりか、彼がピクトの大使カ=ヌから受け取った書簡を短剣の鞘の中に隠していることまで言い当ててしまった。この猫は千里眼が使えるのかと驚くカル。デルカーデスのことを快く思っていないトゥは、彼女が王宮に間者を忍びこませていたに違いないと反駁する。するとサレメスは別の予言をした。もうじき王宮から使者が到着し、国庫に金貨20枚の余剰金が見つかったと報告するだろうというのだ。果たして猫の予言通りになり、サレメスのことが気に入ったカルは王宮に連れて帰ることにした。サレメスの面倒を見る奴隷のカトゥロスも一緒だ。
 サレメスはたいへんな知恵者で、毎日カルは長い時間を彼女と語り合って過ごすようになった。デルカーデスをカルラ=トゥームと結婚させてやったらいかがですかとサレメスは提案したが、その件ならトゥに一任してあるというのがカルの返事だった。
 ある日、ピクト最強の戦士にしてカルの朋友であるブルールが「禁断の湖」で魔物に襲われたとサレメスはカルに告げた。ブルールを救出するべく、カルはたちどころに単騎で出発する。彼は湖を泳ぎ回ってブルールを捜し回ったが、どこにも見当たらなかった。人間の胴体にサメの頭部を持つ怪物が襲いかかってきたが、カルは死闘の末に鮫人を斃した。しかし巨大な水蛇がカルに絡みつき、彼は抵抗できないまま湖底の都まで運ばれていく。そこは「湖人」の住処だった。
 湖人の長が現れ、自分たちとカルの因縁をカルに語る。遙かな昔に両者の間で激しい戦いがあり、湖人は「禁断の湖」に引きこもるようになった。その代わり、人間が「禁断の湖」に立ち入ることは許されない。おまえも生きて帰ることはできないと湖人の長は宣告し、大勢の湖人が抜剣してカルを取り囲んだが、彼は怯まなかった。
「おまえたちに武の心得などあるまい。剣を持つ手つきが様になっていないぞ」とカルは喝破する。「多勢に無勢、ここが俺の墓場になることだろうが、その前におまえたちの死体の山を築いてみせるわ。俺一人の命にそれだけの値打ちがあるかな?」
 さすがは王様、駆け引きも堂に入ったものだ。湖人の長はカルと和睦することにし、何が望みでこんなところまで来たのかと質問した。
「ブルールを返してほしい。それだけだ」
「そのような者はここには来ていないぞ」
「嘘ではあるまいな?」
「天地神明にかけて誓うが――」と湖人の長が言いかけると、カルは遮った。
「神にも悪魔にも誓わんでよい。男と男の約束をしてもらおうか」
 さてもマッチョな話だ。おまえこそは真の漢だと湖人の長はカルを称え、巨大な怪物を帰りの足として貸してくれた。カルは怪物に乗って湖畔まで辿り着き、そこから馬を飛ばして王宮に帰還した。
 カルが勝手に姿を消してしまったので、王宮は大騒ぎになっていた。ブルールもいる。一体どこに行っておられたのですかと彼はカルを問いただした。
「おまえを捜しに『禁断の湖』まで」
「私があんな場所に行くはずがないでしょうが」
「ではサレメスが嘘を――」
「迂闊でありました!」とトゥが叫んだ。「カトゥロスは身分こそ奴隷ですが、七王国きっての碩学です。やつとデルカーデスが示し合わせ、我らを謀ったに違いありません。世の中には腹話術というものがあり、猫が喋っているように見せかけられるのだということを失念しておりました!」
 なんだか怪人二十面相と少年探偵団みたいだ。トゥは即座にデルカーデスを逮捕し、厳しい取り調べを行うことにしたが、そこへピクトの大使カ=ヌが現れた。すんでのところで拷問部屋から出してもらったデルカーデスは泣きながらカルの足にすがりつく。
「王様を欺いたのは私の罪です。でも、私はただカルラ=トゥームと結婚したかっただけなのです!」
「彼女に悪気はなかったのです。何しろ、ほんの子供ですからなあ」とカ=ヌは解説した。
 サレメスは「古の種族」の猫であり、途方もない齢を重ねていたが、人間の言葉を喋ることはできなかった。喋ると見えたのはカトゥロスの腹話術によるものであり、会話する猫でカルの心を動かして結婚を認めてもらおうというのが彼とデルカーデスの計略だったのだ。サレメスの予言や千里眼は、間者のもたらした情報のおかげだった。みんなデルカーデスの境遇に同情し、彼女がカルに悪意を抱いていないということも知っていたので協力を惜しまなかった。
 衛兵がカトゥロスを引き立ててきた。ところが、もう一人のカトゥロスが猿ぐつわをかまされた姿で秘密の扉の向こうから発見される。いつの間にかカトゥロスは偽物と入れ替わっており、ブルールの身が危ないという嘘でカルを死地に赴かせたのは偽物のほうだった。カルが偽物からベールを剥ぎ取ると、露になった素顔はまるで髑髏のようだった。カトゥロスに化けていたのはタルサ=ドゥームだったのだ。
「私とカトゥロスの見分けもつかぬとは愚かなやつだ!」タルサ=ドゥームは嘲笑した。「今回は貴様の勝ちだ。だが、これで終わりではないぞ!」
 ブルールが突進して剣を突き刺すが、タルサ=ドゥームは平然としていた。「私はとうに死んでいる!」というなり、彼は姿を消してしまう。急所さえ見つかればタルサ=ドゥームとて殺せるはずだとカルはいい、きっと彼を討ち取ってやると誓った。また、カルはデルカーデスにカルラ=トゥームとの結婚を認めてやった。
「結局、サレメスは魔獣などではなかったのですな」とブルールはいった。「猫は猫ですよ」
「それでも」サレメスの毛皮を撫でてやりながら、カルはいった。「たいそう劫を経た猫だ」
 カトゥロスはその後もカルのもとにいたことが"The Skull of Silence"で確認できる。彼は元々サレメスの世話係という名目で王宮に来たのだが、してみるとサレメスも結局カルが飼うことにしたのだろうか。ヴァルーシアの大王にペットがいたというのは他では見かけない情報だ。

Kull: Exile of Atlantis (English Edition)

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